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長崎地方裁判所 昭和41年(わ)91号 判決

被告人 日鉄鉱業株式会社 外五名

主文

被告人今井功を禁錮一年六月に、

同庄野陽一を禁錮一年六月に、

同川尻哲一を禁錮一年六月に、

同佐藤伊代吉を禁錮一年に、

同林田為一郎を禁錮一〇月に、

同日鉄鉱業株式会社を罰金五〇万円に、

各処する。

但し被告人会社を除く爾余の被告人らに対し、本裁判確定の日からいずれも三年間右各禁錮刑の執行を猶予する。

訴訟費用の裁判(略)

被告人庄野陽一に対する鉱山保安法違反の公訴事実につき、同被告人は無罪。

理由

第一、被告人らの経歴並びに当時の地位、職務

(1)  被告人日鉄鉱業株式会社は鉱業、土石採取業を営み昭和二九年以来石炭鉱山保安規則第五条に基く甲種炭坑の指定を受けた伊王島炭鉱の鉱業権者として同炭鉱を経営しているもので、昭和四〇年四月九日当時同炭鉱従業員数一三八七名、うち鉱山保安法第一八条所定の保安技術職員一六〇名を擁し、保安統括者として同鉱業所長宇野直之、保安技術管理者として同所次長中山健一、副保安技術管理者として同所採炭課長田村十三日をそれぞれ選任し、以上の管理者が保安係員、発破係員等を指揮し同炭鉱の保安面を管理していた者

(2)  被告人今井功は昭和一八年九月久留米高等工業学校採鉱科卒業後相被告人会社に入社し、同二五年八月甲種坑内保安係員の選考に合格、同三〇年一二月甲種上級保安技術職員国家試験に合格し、二瀬鉱業所で保安課保安係長、各坑採炭係長を歴任して、昭和三四年四月同鉱業所から伊王島鉱業所に転勤、鉱務課鉱務係長、同年一〇月採炭課採炭第一係長、同三五年九月同課採炭第三係長、同三六年二月同課掘進係長、同三九年一月再び同課採炭第一係長、同年一一月同課採炭第二係長を命ぜられた者で、同三四年四月五日同鉱業所々属伊王島炭鉱の坑内保安係員、発破係員に選任され、採炭第二係長としては副保安技術管理者である前記採炭課長田村十三日の指揮を受け、採炭担当区長青柳早苗及びその部下の坑内保安係員、作業員並びに掘進仕繰担当区長相被告人庄野陽一及びその部下の係員、作業員らを指導監督し、同炭鉱坑内上層群の採炭、掘進、仕繰並びにこれに伴う保安に関する事項を担当していた者

(3)  被告人庄野陽一は昭和二六年三月久留米工業専門学校採鉱科卒業後直ちに相被告人会社に入社し、昭和二七年一二月甲種坑内保安係員、同三二年一一月甲種坑外保安係員、同三六年一一月甲種上級保安技術職員の各国家試験に合格し、同三七年八月北松鉱業所から伊王島鉱業所に転勤、その後採炭課掘進係、同課採炭第一係勤務を経て、同三九年三月同課採炭第二係、掘進仕繰担当区長を命ぜられた者で、同三七年八月一〇日前記伊王島炭鉱坑内保安係員、発破係員に選任され、第二係掘進仕繰区長として、第二係長たる相被告人今井功の命により、現場担当係員たる相被告人川尻哲一、同佐藤伊代吉らを指導監督し、前記坑内上層群の掘進仕繰並びにこれに伴う保安に関する業務の整理を担当していた者

(4)  被告人川尻哲一は昭和九年一一月日本製鉄株式会社二瀬鉱業所鹿町炭鉱に入社し、同二〇年五月までの間同炭鉱及び日産化学工業株式会社矢岳炭鉱等において採炭係助手、坑内保安係員等として就業、同二〇年五月相被告人会社に勤務することとなり、同二五年六月甲種発破係員及び甲種坑内保安係員の各選考に合格し、同二七年一〇月鉱員から職員に登用され、同三七年八月北松鉱業所から伊王島鉱業所に転勤、採炭課採炭第二係勤務を命ぜられた者で、同月一〇日前記伊王島炭鉱坑内保安係員、発破係員に選任され、右第二係現場担当掘進係員として、同四〇年四月五日以降右炭鉱D九号払切替ゲート坑道(以下単に「切替坑道」という)、同月七日、八日はD九号ゲート一目抜坑道において、乙方掘進員山口守ら四名構成の一先を指揮し、丙方現場担当掘進係員林尚文、甲方現場担当掘進係員相被告人佐藤伊代吉らと順次八時間交替で右箇所の掘進作業並びにこれに伴う保安に関する事項を担当していた者

(5)  被告人佐藤伊代吉は昭和二六年一月相被告人会社伊王島鉱業所の前身たる長崎鉱業株式会社伊王島鉱業所に入社し、その後同鉱業所が嘉穂長崎鉱業株式会社を経て昭和二九年九月相被告人会社に承継せられる間仕繰夫、採炭夫等として稼働し、同年一一月甲種坑内保安係員の国家試験に合格、同三〇年五月発破係員に同三二年七月坑内保安係員にも選任され、同三四年一〇月以降採炭課採炭第一係、同第三係、又は同第二係に所属し、現場担当掘進係員として、同四〇年四月五日以降前記切替坑道、同月八日前記一目抜坑道において、甲方掘進員堺万年ら三名又は四名構成の一先を指揮し、乙方現場担当掘進係員相被告人川尻哲一、丙方現場担当掘進係員林尚文らと順次八時間交替で右の箇所の掘進作業並びにこれに伴う保安に関する事項を担当していた者

(6)  被告人林田為一郎は昭和二九年三月長崎県立島原高等学校卒業後同三一年五月相被告人会社伊王島鉱業所に入社して掘進夫仕繰夫等として稼働し、同三八年一二月甲種坑内保安係員の国家試験に合格、同月一七日伊王島炭鉱坑内保安係員に、同三九年一月一日発破係員に選任され、採炭課第一係に勤務するガス観測手として、山田正次、伊崎松芳とともに順次甲、乙、丙の三方に分れ、同坑内上層群、下層群に亘り、坑内における可燃性ガスの測定及び測水等の保安業務を担当していた者

である。

第二、本件爆発事故発生前における坑内状況

(1)  伊王島炭鉱は長崎港外に位置する伊王島の略西方海岸から沖合にかけての海底下に存する炭層を採掘し、上位から五尺、三尺(以上が上層群)、一〇尺、二尺、一一尺(以上が下層群)の五炭層のうち、昭和四〇年二月以来右上層群三尺層の第三区D区域において、D八号払を採炭していたが、これと併行してその次期払としてD九号払を設定する目的のため、右八号払の略南方に、同三九年一二月二〇日から九号払肩風道を、同四〇年一月一六日から九号払ゲート坑道(その深度は標準海水面下約三四〇米)を、それぞれ掘進していたところ、

(2)  右D九号払ゲート坑道(以下単に九号ゲートと略称する)は、D八号払ゲート坑道(右同断)の詰から約一五米手前左側(詰に向って左の意味、以下同断)の位置に口付けされ、右八号ゲート坑道に対し略直角方向に炭層に沿って掘進され、入口から約一〇〇米間は下り勾配の傾斜で入口付近が最大一五度で次第に緩傾斜となり、約一〇〇米から約一四〇米間は略水平で、それ以奥は再び昇り勾配となり、略一〇度の傾斜で詰に至り、昭和四〇年四月五日には全長約一九八米に達し、坑道内は全般に梁七尺、脚七尺のレール鉄梁、木脚を鳥居の形に組んだ施枠で支保され、九号ゲート中央部は溜水するのでゲート入口から約九五米の坑道内に設置した一〇馬力電動ポンプ及び下盤に這わせた直径二吋のビニール製排水管により坑外に排水し、ゲート内に生ずる可燃性ガス排除のためには、同ゲートに近い下部探炭コンベア坑道内に設置された一〇馬力局部扇風機から直径二〇吋(九号ゲート巻立から以奥は直径一六吋のもの)、長さ約五米のビニール製風管を順次連結し、同ゲート左側天井付近を前記施枠から直径二、一一粍の一四番軟鉄線で風管を巻いて吊下げる方法により吊架して、同ゲート詰の手前約五乃至六米の地点(同ゲート巻立からの全長約一九二乃至一九三米)まで布設し、同坑道下盤には二条のレールを敷設し鉄製鉱車を使用して掘進作業による石炭、硬、及び掘進材料等を運搬し、右鉱車運転のため八号ゲート坑道詰と九号ゲート入口から約一四〇米の地点にいずれも二〇馬力の捲上機(ホイスト)を設置し、九号ゲート詰には矢弦を取付け、右九号ゲート内の捲上機には八号ゲート坑道内のトランス座から四四〇ボルト動力線により送電され、この捲上機使用のための信号線は右捲上機付近の動力線から分岐配線されて九号ゲート右側壁に一・三米の高さに吊架され坑道詰近くで左側壁に渡されたうえ詰手前まで通じていた。

(3)  ところが昭和四〇年四月二日午前五時二〇分頃丙方により九号ゲート掘進中、その詰から水を伴った可燃性ガスが突然噴出し、ゲート入口から約九五米の地点で気流中濃度四・五%を検出し、作業員は緊急退避、作業中止したが、調査の結果右ガス噴出は九号ゲート詰天井際の旧ボーリング孔からで、右孔は昭和三五年上層の五尺層から約一二〇米垂直に探炭ボーリングを実施した際のもので、四月二日九号ゲートの延詰位置が右ボーリング孔に逢着したところ、該孔には圧力をもった可燃性ガスと水が溜っていたため、これが噴出したものと判明し、その後ガス湧出量は漸次減少し、四月三日午前六時頃においては気流中の可燃性ガスは〇・四%乃至〇・五%と略従前に復したため、同日から九号ゲートの作業を再開することとしたものの、同ゲートは既に約一九八米掘進されて予定の位置まで進んで居り断層にも逢着したので同所の先延掘進は中止し、九号ゲート入口部分が急勾配となっていてゲート坑道としては運搬に具合が悪いのでこの部分を切替えるため、同月三日甲方からD八号ゲート坑道左側から九号ゲートに達する切替坑道の掘進作業にかかることとしたところ、今井係長の指示を忘れた庄野区長は三日も九号ゲート詰の掘進作業をさせ、前記ガス噴出当時、詰天盤近くの三角形の穴の奥、詰から約七〇糎先にあったボーリング孔が三日乙方による掘進により通過分断され天盤と下盤に露出するに至ったが、その埋戻しはされず、四日は日曜公休のため五日甲方から前記切替坑道の掘進作業が開始され、同日丙方で九号ゲート詰の施枠残炭の整備作業が行われた他は七日甲方まで続けられ、一方D九号払肩風道の掘進は九号ゲート坑道よりも早期に掘進を開始していながら、断層が多く坑道を切替えるばかりで遅々として先延べが進まず、九号払予定区域の炭層も中間に断層のあることが予想され、ゲートと肩風道の各詰を結ぶ線からD八号ゲート坑道の方向に採炭を進めるよりは、手前から奥の方に払っていく方針で、右肩風道からD九号ゲートに向う坑道と連結するためD九号ゲート側からも目抜坑道を掘進すべく、同ゲート入口から約八二米詰寄り坑道左側の地点から肩風道に向け一目抜坑道を掘進して炭層状況を探ることとし、急拠七日乙方からその掘進作業が開始され、九号ゲート延詰の掘進作業は三日を以て中止され前記五日丙方作業員により整備作業が行われた後は六日甲方以後何ら掘進の作業は行われなかった。

第三、罪となるべき事実

以上のような状況下で、右三区D九号ゲート関係(肩風道、切替坑道、一目抜坑道を含む)担当者として、

(1)  被告人今井功は係長、坑内保安係員たる地位職責上、前記第二(3)の如く九号ゲート詰の掘進作業を中止して切替坑道又は一目抜坑道の掘進等あらたな作業を実施させており、更に同ゲート坑道内には炭壁の断層面等から可燃性ガスが湧出しているばかりか、四月二日には同ゲート詰の探炭ボーリング旧孔から同ゲート内へ多量のガスが一時に湧出し、そのため作業も一時中止したのであり、その後ガス量が減少したとは言え、ガス湧出の可能性の多い断層状態に逢着しているうえ、右ガス排除のため設置された風管が一目抜坑道掘進作業に支障となる場所を通過している等、九号ゲート内には作業の実施上ガス量の増加を来たさないよう配慮すべき箇所があったのであるから、同ゲートの巡視を強化して作業現場における作業実施状況の把握を十分に行い、これに応じた保安上必要な万全の措置、即ち不必要な電源はしゃ断してガス着火の原因となるべきものを断つとともにゲート内の風管を切断させず、かつこれを切断して作業することを防止する措置を徹底させ、坑内におけるガス量の変化を十分把握するためその測定を適確に実行させるなどして危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があり

(2)  被告人庄野陽一は掘進仕繰区長、坑内保安係員たる地位職責上、前記の如く、相被告人今井の指示を受けて九号ゲート内で一目抜坑道の掘進等あらたな作業を実施させており、同ゲート内は右(1)の如き状況にあったのであるから、自己の指導監督すべき配下の現場担当係員からなされる報告を詳細に検討すべきは勿論、同ゲートの巡視を強化して作業現場における作業実施状況の把握を十分に行い、これに応じた万全の措置即ち電源しゃ断につき上司に進言するなどの他前記(1)の如き保安上必要な措置をとり、以て危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があり

(3)  被告人川尻哲一は乙方現場担当掘進係員、坑内保安係員としての

(4)  被告人佐藤伊代吉は甲方現場担当掘進係員、坑内保安係員としての

各地位職責上、いずれも常に担当区域の通気施設を維持管理し、可燃性ガスの排除に努むべきは勿論、可燃性ガス検定器を持って担当区域のガス測定を十全に行い、その状況を適確に把握し、これを上司に報告し後方にも連絡するなど保安上必要な万全の措置をとり、もって危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があり

(5)  被告人林田為一郎はガス観測手、坑内保安係員たる地位職責上、常に受持区域を巡回し、可燃性ガス検定器を持ってその状況を適確に把握し、測定結果に応じ、右同様保安上必要な万全の措置をとり、以て危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある

に拘らず

一、被告人今井功は、前記第二(3)の如く、D九号ゲート坑道掘進作業が四月五日丙方までで中止され同六日甲方以降は当分の間実施されない状況となったので、同ゲート坑道詰は石炭鉱山保安規則第二二六条にいう「坑内における作業休止箇所」となり、同ゲート入口から約一四〇米詰寄りの同ゲート内に設置してある前記捲上機は同ゲート詰の掘進のためには勿論、切替坑道及び一目抜坑道の掘進作業にも不必要であるから、同捲上機使用のため送電されている同ゲート内の動力線電源は、坑内における作業休止箇所に対する電源として、坑内排水用電動ポンプの設置箇所(九号ゲート坑道入口から約九五米の地点)から詰側寄り直近の部分において、自ら又は相被告人庄野に命じてしゃ断すべきであるのに、これをしゃ断せず

二、被告人川尻哲一は昭和四〇年四月七日及び八日の各乙方(午後二時三五分から午後一〇時三五分まで)係員として、九号ゲート一目抜坑道の掘進作業に従事した際

(一) 同月七日午後五時頃右一目坑道掘進箇所付近において、その口付け箇所に当る九号ゲート広め作業のため、ビニール製風管は発破作業により破損するおそれがあり、又鉱車への積み込作業に支障があるとして、担当掘進員に命じて、九号ゲート坑道内前記掘進箇所付近の施枠鉄梁に吊架してあった前記ビニール製風管をその接続箇所から取り外して切断させてそのまま放置し、以て通気施設である風管を停廃し

(二) 右同日時頃、同場所で、右同様の理由により、担当掘進員に命じて、右風管の下方に下盤を這わせて敷設してあった一〇馬力排水ポンプ用の直径二吋のビニール製排水管を右同様切断させてそのまま放置し、以て坑内排水施設である右排水管を停廃し

(三) 翌八日午後四時頃、右一目抜坑道掘進箇所付近において、自己の維持管理すべき責任を有する前記風管が自己の指導監督下にある掘進作業員により切断されているのを発見しながら、そのまま認容放置し、以て通気施設である右風管を停廃し

(四) 同月七日前記(一)のとおり風管を切断させたまま放置しながら、前記一目抜坑道入口付近から九号ゲート詰までの同ゲート内における可燃性ガスの測定を同日午後五時頃一回行ったのみで、その他にこれを行わず、以て次方(丙方)鉱山労働者の入坑三時間以内に一回以上可燃性ガスの含有率及びその存在する範囲を測定せず

(五) 同月八日前記(二)のとおり風管の切断されているのを認容放置しながら、同ゲート内におけるガス測定を午後四時頃及び同一〇時四〇分頃の二回、同ゲート入口から約一〇三米(一目抜入口箇所からは約二〇米)の水溜り手前地点まで行なったのみで、その以奥については一回もこれを行わず、以て次方(丙方)鉱山労働者の入坑三時間以内に一回以上可燃性ガスの含有率及びその存在する範囲を測定せず

三、被告人佐藤伊代吉は昭和四〇年四月八日甲方(午前六時三五分から午後二時三五分まで)係員として前記九号ゲート一目抜坑道の掘進作業に従事した際

(一) 同日午前八時頃右一目抜坑道掘進箇所付近において、自己が維持管理すべき責任を有する風管が前方から引続き切断されたままであるのを発見しながらこれをそのまま認容放置し、以て通気施設である右風管を停廃し

(二) 右のとおり一目抜坑道掘進箇所において風管が切断されているのをそのまま認容放置しながら、同所から九号ゲート詰までの同ゲート内における可燃性ガスの測定を同日午後一時三〇分頃同ゲート入口から約一四〇米の捲上機のある地点まで行なったのみでその以奥については一回もこれを行わず、以て次方(乙方)鉱山労働者の入坑三時間以内に一回以上可燃性ガスの含有率及びその存在する範囲を測定せず

四、被告人林田為一郎は昭和四〇年四月八日乙方としてその受持区域である坑内一一卸並びに前記九号ゲート等第三区関係の可燃性ガス測定等に従事した際、同日午後五時頃前記九号ゲート一目抜坑道掘進作業箇所付近において、乙方現場担当係員たる相被告人川尻哲一等が前記二の(三)の如く風管を切断したまま作業を行なっており、同所から同ゲート詰にかけては相当量の可燃性ガスが停滞していることを予測しながら、同ゲート入口から約一〇三米の前記水溜り手前地点までのガス測定をしたのみで、同所から以奥詰まで約九七米に亘る同ゲート内の可燃性ガスの測定を行わず、以て次方(丙方)鉱山労働者入坑三時間以内に一回以上可燃性ガスの含有率及びその存在する範囲を測定せず

五、被告人今井、同庄野、同川尻、同佐藤及び同林田はそれぞれ前記(1)乃至(5)の各注意義務を怠り、

(一) 被告人今井は(1)前記電源しゃ断の措置をとらなかった過失及び(2)四月四日以降九号ゲート内を巡視しなかったため、一目抜坑道掘進を直接担当する各方現場係員等が同月七日乙方から右坑道作業箇所付近で前記の如く風管の連結部分を切り離して通気を放出し、同所から九号ゲート詰まで約一二〇米に亘り送風を停止したまま作業を実施し、又同ゲート内における可燃性ガスの測定においても各係員が前記の如く作業箇所近傍にとどまり、のみを測定する同ゲート全般に亘り殊に前記の如く可燃性ガスが噴出した旧ボーリング孔のある同ゲート詰においては全く測定していない事実を気付かずに看過し、保安上極めて危険な風管切断下における作業の実施を防止するための措置をとらなかった過失により

(二) 被告人庄野は四月二日以後九号ゲートを巡視せず、かつ四月八日相被告人佐藤から、一目抜坑道の掘進作業を直接担当する現場係員等が前記の如く風管を切断して通気を放出し同所から九号ゲート詰まで送風を停止したまま作業を実施していること。又右佐藤は可燃性ガスの測定を同ゲート内捲上機の地点まで行なっただけでその以奥詰までは実施していない旨報告を受けながら、同人に対し、内方の林係員に一目抜以奥も測定するよう申送り方を指示したのみで、現に作業中の乙方係員に対し厳に風管切断を禁止し、詰までガス測定を履行すべき旨強く指示するなどの措置をとらずそのまま放任し、前同様保安上極めて危険な風管切断下における作業の実施を防止するための措置をとらなかった過失により

(三) 被告人川尻は(1)前記二の、(一)、(三)のとおり風管切断を自ら命じ或いは認容放置しながら前記二の(四)、(五)のとおり、九号ゲート内の可燃性ガス測定を十分に行わなかった過失及び(2)その結果同ゲート詰におけるガスの状況を把握せず、前記の如く一目抜坑道掘進箇所付近で風管を切断すれば同ゲート詰付近には濃厚な可燃性ガスが停滞することを看過し、保安上極めて危険な風管切断下における作業の実施を防止するための措置をとらなかった過失により

(四) 被告人佐藤は(1)前記三の(一)のとおり風管切断の状態を認容放置しながら前記三の(二)のとおり九号ゲート内の可燃性ガスの測定を十分に行わなかった過失及び(2)相被告人川尻と同様前記(三)の(2)の通り、ガス停滞を看過し保安上危険な作業実施の防止措置をとらなかった過失により

(五) 被告人林田は(1)前記四のとおりガス測定を十分にしなかった過失及び(2)保安上極めて危険な風管切断下における作業の実施を防止するための措置をとらなかった過失により各方とも、九号ゲート詰におけるガス停滞の状況を自ら把握しようともせず、又前方や上司監督者からも知らされぬまま、一方の作業時間でも風管を切断すれば詰には着火、爆発の可能性がある程度にガスが停滞することにつき、何ら切迫した危険を感得することができず、漫然風管切断下の作業を繰返し、同月八日丙方においても同ゲート詰におけるガス停滞状況を予測することなく同日午後一二時頃から風管を切断して作業を続けたため、翌九日午前六時一五分頃までの間に、右延詰から巻立口方向約三〇米の範囲には最低四乃至五%から最高四七%に及ぶ可燃性ガスを停滞するに至らしめ、当時同ゲート坑道内に布設してあった前記捲上機用信号線が、右坑道入口から一六〇米の地点にある施枠の鉄梁落下により圧えられ、急激かつ強力に引張られて、坑道入口から一八五米乃至一九一米付近に位置する右信号線の外傷箇所において内部心線の一部が切断し、通電していた二心線間相互の接触によりスパークし、その際生じた火花が信号線の外傷箇所付近に停滞していた可燃性ガスに着火して燃焼を始め、次第に付近に燃焼を拡げて一目抜方向に進行し、遂に爆発限界点に達して大爆発を起すに至らしめ、よってその爆焔、爆風のため、当時同ゲート及び付近坑内で作業に従事していた別紙(一)記載の原野大成(当時三八年)ら三〇名を身体熱傷等により即死せしめた外、別紙(二)記載の松尾浩(当時三八年)ら一三名に対し、加療約一ヶ月半乃至約八ヶ月を要する顔面、両上下肢、背部、腹部熱傷等の各傷害を負わせ

六、被告人日鉄鉱業株式会社は、同会社の業務に関し、同会社の使用人である

(一) 相被告人今井功が前掲一記載のとおり、前記九号ゲート坑道詰における作業休止箇所に対する動力線の電源をしゃ断せず

(二) 相被告人川尻哲一が前掲二の(一)記載のとおり、同記載の通気施設である風管を停廃し

(三) 右同相被告人が前掲二の記載(二)のとおり同記載の坑内排水施設である排水管を停廃し

(四) 右同相被告人が前掲二の(三)記載のとおり、右風管を停廃し

(五) 右同相被告人が前掲二の(四)記載のとおり、同記載の可燃性ガスの存在する九号ゲートにおいてその含有率及びその存在する範囲を測定せず

(六) 右同相被告人が前掲二の(五)記載のとおり、右同様の測定をせず

(七) 相被告人佐藤伊代吉が前掲三の(一)記載のとおり、同記載の通気施設である風管を停廃し

(八) 右同相被告人が前掲三の(二)記載のとおり、同記載の可燃性ガスの存在する九号ゲートにおいてその含有率及びその存在する範囲を測定せず

(九) 相被告人林田為一郎が前掲四記載のとおり、同記載の可燃性ガスの存在する九号ゲートにおいてその含有率及びその存在する範囲を測定しなかった

ものである。

第四、証拠の標目(略)

第五法令の適用

被告人今井功の判示第三の一の電源しゃ断義務違反の所為は、鉱山保安法第五八条、第四条、第三〇条、第五六条第五号前段、石炭鉱山保安規則第一九四条第一項、第二二六条に、被告人川尻哲一の判示第三の二の(一)、(三)の各風管停廃、同(二)の排水管停廃の各所為、被告人佐藤伊代吉の判示第三の三の(一)の風管停廃の所為は、いずれもそれぞれ鉱山保安法第五条、第三〇条、第五六条第五号後段、石炭鉱山保安規則第四二条、第四七条第三項に、被告人川尻哲一の判示第三の二の(四)及び(五)、同佐藤伊代吉の判示第三の三の(二)、同林田為一郎の判示第三の四の各ガス測定義務違反の各所為は、いずれもそれぞれ鉱山保安法第五条、第三〇条、第五六条第五号後段、石炭鉱山保安規則第八四条第二項、第一二一条第二項、第一項に各該当するので、以上各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人今井功、同庄野陽一、同川尻哲一、同佐藤伊代吉及び同林田為一郎の判示第三の五の(一)乃至(五)の各業務上過失致死傷の所為(各被告人とも被害者の数と同一の数行為)はそれぞれ、行為時においては昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、裁判時においては改正後の刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときに当るから刑法第六条、第一〇条により軽い行為時法の刑によることとするところ、各被告人の右各所為はいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、それぞれ刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、各被告人ともそれぞれ一罪として犯情の最も重いものと認める原野大成に対する業務上過失致死罪の刑で処断すべく、各所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、被告人今井、同川尻、同佐藤及び同林田においては、右業務上過失致死罪と前記各鉱山保安法違反の罪とはそれぞれ刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、右各被告人とも重い業務上過失致死罪の刑につき、被告人今井及び同林田に対しては更に同法第四七条但書の制限に従って、それぞれ法定の加重を施し、以上各刑期の範囲内で被告人今井功を禁錮一年六月に、同庄野陽一を禁錮一年六月に、同川尻哲一を禁錮一年六月に、同佐藤伊代吉を禁錮一年に、同林田為一郎を禁錮一〇月に各処し、被告人日鉄鉱業株式会社の判示第三の六の(一)は鉱山保安法第四条、第三〇条、第五六条第五号前段、石炭鉱山保安規則第一九四条第一項、第二二六条、鉱山保安法第五八条に、同(二)、(三)、(四)及び(七)は右同法第五条、第三〇条、第五六条第五号後段、右同規則第四二条、第四七条第三項、右同法第五八条に、同(五)、(六)、(八)及び(九)は右同法第五条、第三〇条、第五六条第五号後段、右同規則第八四条第二項、第一二一条第二項第一項、右同法第五八条にそれぞれ該当し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により右各罪所定罰金額を合算した金額の範囲内で被告人会社を罰金五〇万円に処し、被告人会社を除く爾余の被告人五名に対しては、諸般の情状を考慮し、刑法第二五条第一項第一号を各適用して、本裁判確定の日からいずれも三年間右各禁錮刑の執行を猶予すべく、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り、主文第三項掲記のとおり負担させることとする。

第六、一部無罪

被告人庄野陽一に対する公訴事実中、同被告人は相被告人今井の指示を受け九号ゲート先延掘進を中止して、同ゲート担当掘進員一先をして切替坑道或いは一目抜坑道の掘進作業をさせたが、同ゲート入口から約一四〇米詰寄りの坑道内に設置してある捲上機はこれら新たな指示を受けた坑道の掘進作業には必要がないのであるから、同捲上機使用のため送電されているゲート内の動力線並びにその動力線の電源を利用し坑道詰まで布設してある同捲上機用信号線の電源はしゃ断すべきであるのに、前記作業休止箇所に対する右捲上機の動力線及び信号線の電源をしゃ断しなかったとの点は、掘進作業を中止した九号ゲート坑道延詰が石炭鉱山保安規則第二二六条所定の「坑内における作業休止箇所」であること。同ゲート入口から約一四〇米詰寄りの地点にある捲上機使用のための動力線の電源は、右作業休止箇所に対する動力線の電源であること。四月五日右ゲート延詰の作業が中止された後も右動力線の電源がしゃ断されなかったことは判示第三の一認定のとおりであるが、電源しゃ断義務を規定した前記規則第二二六条は同規則第一九四条第一項に明記するように、鉱業権者が鉱山保安法第四条の規定により講ずべき措置として、同法第三〇条に基き省令たる右規則に任されたものであり、鉱業権者たる被告人会社が電源しゃ断の措置を講ずべき者であり、被告人庄野は右会社の従業者として会社の業務に関し違反行為を為したものとして、同法第五八条により責任を問われているところ、違反行為は不作為犯であるから、右行為者が有責である為には同人も会社の電源しゃ断義務を現実に実行すべき者としての業務上の義務を負担している者であることを要するのであり、特別に履行の命令を受けた者がこれに該当するのは当然として、然らざる場合は何人が右義務者であるかは、被告人会社の業務規定における分掌事項やしゃ断作業を具体的に実施する際におけるその決定権の有無等によりこれを定めるべく、そうだとすれば、伊王島鉱業所業務規程(弁第二号証)によれば、課長は各分掌事務を掌理してその責に任じ、伊王島鉱業所業務規程細則(弁第三号証の一)によれば、係長は分掌業務を処理してその責に任ずるが、主任や区長は右細則によれば、必要に応じて置くことができ上長の命により各分掌業務を整理すると規定され、係長たる相被告人今井や課長ら上司の指示に従って電源しゃ断の事務処理を行なうのであり、作業の実施経過にみるも、(証拠略)を綜合すれば、係長今井が区長庄野に指示するか、庄野区長から今井係長に伺うかして、課長経由の上工作課に依頼するのであり、しゃ断するか否かを決定したり、他に指示してしゃ断させたりする立場にはないことを認めるに足り、保安に関する業務につき最終的な責に任ずる者とはいえないから、相被告人会社の電源しゃ断義務を現実に行うべきものは係長以上の者であり、主任や区長即ち被告人庄野ではないものと断ぜざるを得ない。そうだとすれば、同被告人を電源しゃ断の義務者とし、その義務に違反してこれをしゃ断しなかったとする本件公訴事実は、被告事件が罪とならないものというべき場合であるから、刑事訴訟法第三三六条前段に従い無罪を言渡すべく、又被告人庄野が会社の業務に関し右電源しゃ断義務に違反してこれをしゃ断しなかったことにつき両罰規定上有責である旨の被告人会社に対する訴因もまた罪とならないが、被告人会社は右電源しゃ断義務違反については更に相被告人今井功がこれをしゃ断しなかったことについても責任を問われていて、この点については判示認定のとおり有責であり、結局有責とされる理由の一部についてその理由がないという場合であるから、特に主文において言渡をしない。

第七、弁護人の主張に対する判断

本件につき弁護人らは爆発事故の原因、被告人らの行為(作為、不作為)、その間の因果関係、責任の有無等に関し、事実上法律上のあらゆる観点から、批判し、判断し、主張し立証して精ち綿密な理論を展開したので、以下重要で必要と認められる点につき当裁判所の判断を示すこととするが、最初に、前記「罪となるべき事実」においては構成要件及びこれに必要な限度の事実認定に止めたので、そのうち最も重要と思われる「事故発生の原因」に関し、当裁判所が証拠により認めた事実に基き合理的に推論した経緯を尚詳細に説明すべく、唯その証拠は全て前示「証拠標目」欄掲記のものであるから、省略又は簡潔に記載し、特に必要と認めるもののみを挙げた。

一、当裁判所の認定した爆発事故の原因

(1)  伊王島炭鉱坑内三尺層で発生した坑内爆発事故が可燃性ガスの爆発によるものであることは明らかであるので、爆発の原因を認定するためには、その爆発地点及び火源を特定し、該箇所において該火源により爆発する蓋然性の有無を探求すべきところ

(2)  爆発地点については事故後の破壊状況により爆風の来た方向を先づ確定すべく、爆風の作用による物の移動は重量の大なるもの程作用当時の状況を確実に示すものと思われるから、炭塵、爆煤等の極く軽い物の附着状況や風管、紙類、布製品、竹製品等比較的軽量の物の位置、落下状況などよりも、木脚、鉄梁、固定施設等重量物の事故後の位置や状態を事故前のそれと比較する方が爆風の走った経路を確実に知り得るものというべく、事故直後に坑内の状況を見分した鉱務監督官及び司法警察員の作成した前掲各実況見分調書によるも、前記軽量の物に関してはその結果に或程度の相違乃至誤差が認められるけれども、施枠その他重量物の損壊状況に関しては、その数量の些少の差異は兎も角殆んど全ての点で一致をみているものと断ずることができる。即ち本件三尺層の下部にある第四幹線から下部探炭坑道、同コンベア坑道を昇って来てD八号払ゲート坑道の中間点と交った箇所にあるポケットを基点とし、これより北東進するD八号ゲート、その先端で北西進するD八号払風道、南東進するD九号払肩風道、ポケットから北西進するD八号払中切坑道、これが突き当って北東進し前記D八号払風道と結ぶまでのD八号払肩風道などの各坑道においては、ポケットから遠く離れるに従って坑道内における爆風の影響は少くなり、下部探炭コンベア坑道内に設置された材料運搬用三〇馬力ホイスト巻の四本のベットの打柱中二本は戻りの方向(ポケットと反対の方向)に倒れ、同坑道と下部探炭坑道との交差点に設置されているゲート変圧器の機器類の大半も戻り側に傾き、中切坑道内の施枠及鉄梁、木脚とも十枠分及び三枠分、D八号肩風道の方向(ポケットと反対)に倒枠し、その中間の鉄梁、枠脚の上部も同方向に若干移動し、D八号肩風道内にあるホイスト配電用開閉器は旧位置から三〇糎戻側(ポケットの反対方向)に動いた跡があり、同坑道内の鉱車も戻側に移動したことが判明し、D八号ゲート坑道内の木製風門は二ヶ所とも殆んど破壊されているが、その板類はポケットと反対の方向にある第三区連絡坑道側に飛散していて、以上全て爆風がポケットの箇所から来たことを示しており、而して右ポケットから以上の各坑道とは反対側に南西進する前記D八号ゲート坑道中昇り詰への部分、右詰の手前から略東進するD九号ゲート坑道内の状況は、右D八号ゲート坑道内において、ポケットから昇り詰の手前D九号ゲート坑道巻立口までの間、倒枠したもの、鉄梁のはづれかかったもの、鉄梁が落下し木脚のみ立っているもの、いずれもポケットの方向に向い、D九号ゲート坑道においては、巻立口から七〇乃至八〇米の箇所から右巻立口までの間は一部を残し殆んどが巻立口即ちポケット方向に向けて全坑道中最も激しく倒枠し、右巻立口から左折して前記D八号ゲート詰までの間においては倒枠したものについての倒枠方向は記載していないが、鉄梁の右側が少し詰の方(ポケットと反対の方向)に動いている状況が認められる。以上によれば爆風はD九号ゲート坑道内巻立口から七〇乃至八〇米以奥から襲って来たことは極めて明白といわねばならない。

(3)  次にD九号ゲート坑道内において、爆発地点を証拠に求めるに、前記巻立口から七〇乃至八〇米付近即ち一目抜坑道入口の箇所から以奥詰までの間にも、途中巻立口から一六一米の箇所にある施枠(同坑道詰に立っている最終の枠から第三七枠目のもの、以下同断)が鉄梁は落下し右木脚はやや坑道内側に傾き左木脚は巻立口方向に倒れており、同様一八四乃至一八五米の箇所の第一三枠が鉄梁の右側が詰寄り、左側が巻立口寄りに枠脚から外れて成木にひっかかっており、第一一枠は鉄梁が少し詰に傾き、第二枠は鉄梁の右側が少し巻立口寄り左側が少し詰寄りに動き、第一枠は鉄梁の右側は異常なく左側が少し詰寄りに動いている外、第一枠の更に奥には詰の三枠が巻立口方向に倒枠している状況を認めることができ、なお右施枠の移動状況の外、九七乃至九八米付近箇所にある一〇馬力ポンプの詰側に取り付けられたサクションホースが詰側から巻立側に押し曲げられ、巻立側のそれは真直ぐ伸びている状況が認められる。

(4)  D九号ゲート坑道巻立口から七〇乃至八〇米付近以奥から突進して来た爆風の起点は右以奥部分の何処か。(3)で認められた倒枠状況によれば此の間の坑道破壊状況は(2)で見た他の箇所よりもずっと軽く、倒枠といってもそのうち第三七枠が鉄梁落下と左木脚が巻立口に向って倒れてはいるが、右木脚は傾きつつも立って居り、第一三枠は鉄梁の両側が夫々詰及び巻立口に向って斜めに枠脚から外れて成木にひっかかる程度で両木脚は健全であり、その他第一一枠、第二枠、第一枠は鉄梁の両側又は片側のみが木脚から外れることはなく位置が動いているに過ぎず、ただ詰の三枠は完全に解けて倒枠しているけれども、これは詰の炭壁の真近かであることから詰方向に来た爆風が炭壁にぶつかり強力に撥ねかえされて巻立口に反転すると考えられること、及び詰側の施枠は詰側から締めつける力が他の両側から締めつけられている施枠に比べぜい弱であるため倒枠しやすいと考えられるので、反転直後の強風で巻立口に向けて倒枠したものと認められ、第一枠乃至第一三枠の状況も最初巻立口から詰側に動かされた鉄梁がその直後すぐに詰側から反転して来た強風によって落下するには至らず位置が変則的に動いたり落下したものも成木にひっかかって中空に止まる程度の軽い落ち方に終ったものと考えることができ、従って第一三枠から詰側にかけては詰方向に吹いた爆風の影響を受けたものというべく、前記第三七枠の鉄梁落下、左木脚倒下については後記認定のとおりであるから、結局爆発地点は前記一〇馬力ポンプの所在する巻立口から九八米の地点以奥第一三枠の所在した一八四乃至一八五米までの間であると認めることができる。

(5)  そこで火源につき考察するに、以上により本件は右D九号ゲート坑道内において可燃性ガスが何らかの火源により着火して爆発したものと認められるから、右坑道内における可燃性ガスの存否及び火源となるべきものの存否を証拠により探求するに、同炭鉱がガス発生の比較的多量な甲種炭鉱であり、爆発事故前一週間位の四月二日午前五時二〇分頃、右D九号ゲート坑道一九五米の地点で掘進作業中突然多量のガスが噴出し禁柵までしたことがあり、その後の調査で本件坑道の上層である五尺層から下層の一〇尺層にまで及ぶ過去の探炭ボーリング孔に逢着したため右旧孔にたまっていたガスが湧出したものと判明し、その後次第に含有率は減少して平常に復したこと、判示認定のとおりであり、而も該坑道八二米の箇所で一目抜坑道掘進作業を同月七日乙方から開始した時以後翌八日甲方の作業終了時まで継続して合計二一時間余りに亘り一回、次いで八日乙方がその作業中六時間近く一回、更に同日丙方がその作業中六時間一〇分前後一回、それぞれ右一目抜坑道口付箇所を通過していた同坑内の通気施設であるビニール製風管をその接続部分を取り外して、通気が右一目抜箇所以奥詰まで流通するのを停廃したことも亦判示認定のとおりであるところ、鉱務監督官吉住顕一郎作成の昭和四〇年五月二日付実況見分調書(ガス停滞試験結果)によれば、送風機を運転中は詰から三・一米の地点で一・二%一目抜付近で〇・七%のガス量が検知され、通風をとめて一時間後には一目抜付近では〇・七%と変らないのに、詰付近では一四%まで上り、更に六時間一〇分その状態を継続して計測すると前者のガス量は大差ないのに後者は四七%の含有率を示すこと、及びかかる濃厚なガス量を示すのは詰の周辺だけで、ガス爆発の危険を伴う五%以上のガス量が認められるのは詰から三〇米以内の範囲であることが明らかであり、又鑑定人柳本竹一作成の鑑定書によれば、前記通気停廃時間二一時間余を超える二三時間二八分間風管を切断した上風管を接続して詰に送風すれば、巻立口から一五〇米の地点(A点とする。ガスの停滞する詰から三〇米即ち巻立口から一六八米の地点を含みこれよりも広範囲の地点)並びに以奥詰までのガス量が〇・五%に復するまでの所要時間は約四一分間、巻立口から一八〇米の地点(B点とする。検事が火源と主張する信号線切断端の落下していた巻立口から一八五米の地点を含みこれよりも広い範囲の地点)並びに以奥詰までが前同値に復するまでの所要時間は約一六分間、又通気停廃時間が二三時間二八分の後風管を接続して三〇分間(これも甲方乙方の交替時間を現実の所要時間よりも厳しい条件にして)送風し、更に風管を切断して通気を七時間五分間(現実の作業時間よりも厳しい条件としたこと右同断)停廃した後再び風管を接続して詰に送風した場合、前記A点並びに以奥詰までのガス量が〇・五%に復するまでの所要時間は約二七分間であることを認め得るので、前記四月七日乙方から同八日甲方の作業時間中に詰付近に停滞させたガスは、八日乙方の作業開始時にはB点並びに以奥詰までの間では排除されて平常に復し、更に八日乙方が風管を切断して作業した後その終了時風管を接続するまでの間にA点以奥詰までの間に停滞させたガスは八日丙方の作業開始時までには尽く一掃されて平常に復するに至ったことも亦明らかであるから、四月八日丙方の作業時間終了間近の同月九日午前六時一五分頃本件ガス爆発事故が発生した事実は、右丙方がその作業時間である九日午前〇時頃から右事故発生時までの六時間一〇分前後の間風管を切断していたことが十分推認され、そしてそのガス量及び停滞範囲は前認のとおり、五%以上のガスが詰から三〇米地点の範囲に亘り、詰付近では上部において四七%、下部で四四%の含有率であったことを認めるに十分である。

(6)  そこで次に右範囲に停滞したガスに着火すべき火源を提供したのは何であるかにつき考察する。押収してある物証第四号(長さ五、八米の信号線)及び同第五号(長さ一二七米の信号線)は本件事故前一本のものとして、巻立口から一四〇米付近にある二〇馬力捲上機用動力線から分岐して一三九米付近にあるベルトランスにより五〇ボルトに電圧を下げて配線され九号ゲート坑道右側壁に沿うて施枠木脚に下盤から約一・三米の高さに打ちつけた鉄製ハンガーにかけられて詰に向い、詰近くで木脚を上り、鉄梁を右側から左側に渡って更に木脚を下り、坑道左側壁に沿うて右同様の高さに吊架されて、巻立口から一九一米の第五枠が一九二米の第四枠付近まで至り先端に木村式押釦が取りつけられていたもので、その全長は右各物証を検証した結果によれば、合計一三二、一四米であるが、衝撃荷重を受けたものとしてその伸長率を一様に二〇%とみて計算すれば事故前の長さは一一〇、一一米であったと考えられる。そして事故直後の状況は坑道一五七米付近で約六〇米の長さの部分が余巻として束ねられ、針金と思われるもので腹の部分を結んで第四〇枠と第四一枠間の成木にかけられ、第四〇枠のハンガーから先、詰に向う部分は垂れて一六〇米付近で着地して下盤上を這い、途中一六七米付近の第三一枠及び一七九米付近の第一八枠の各ハンガーにかけられている外は落下着地して坑道一八四米付近で坑道内車道の左側軌条側で切断端が終り、その先の部分(物証第四号)は詰側の末端も前記押釦から引き抜けて第六枠と第七枠間の坑道一八九乃至一九〇米間の下盤上にくねった状態で落下し、押釦は第五枠左側付近の坑道一九一米の地点に落下している。

(7)  物証第五号信号線の傷の状況を観察するに、物自体及びこれを検証した結果(第一二回公判調書に記載)及び長崎県警察本部刑事部鑑識課長作成の報告書添付の同鑑識課技術吏員林田次盛作成の調査報告書をも彼此対照(相互に誤差があり、殊に右報告書において物証五号に該当すると思われるものは全長自体が一一五・六米とあり一〇・七二五米短いが、証拠物自体は現実に長いものが一二三・九一五米、短いものが二・四一米で合計一二六・三二五米あるので、右報告書の記載は近似の位置を比較するにとどめた)すれば、右信号線には四ヶ所に押釦用の分岐点があり、巻立側から順次第一乃至第四分岐点と呼べば、ハンガー痕及び擦過痕のあり方は検証結果と報告書記載とは略々近似しており、第二分岐点と第三分岐点間は両者一二米余の誤差がある上右のような傷については両者とも何ら特別な記載はないのでこれを排除して考えると、巻立側端末から第二分岐点までの間はハンガー痕、擦過痕が極めて多く、かつ巻立側にハンガー痕、これに引き続いて詰側に擦過痕という形で存在するうえ、第一分岐点までの間はハンガー痕の傷も巻立側の方に溝が深く信号線の軟化した部分が高く盛り上った形態を呈していて、第二分岐点から巻立側までの間にかけては詰側から強い張力が及んでいたことを示し、第三分岐点から詰側第四分岐点にかけては緊縛痕や焼痕がある位で第四分岐点に近くなった八二米の付近から打撲痕様の傷が連続し詰に向うにつれ次第に擦過痕が多くなり九〇米付近からは詰側の部分に盛り上りのある擦過痕がみえるが前記のような判然したハンガー痕は認められず、一一〇米付近で擦過痕に続くカンガー痕が一、二みられ、末端において長さ四乃至五糎のすべり痕が認められる。以上信号線における電源側(巻立側)の傷は詰側から引張られて擦過痕を生じた後ハンガー上で踏み止まっている内信号線が熱作用で柔くなり深く喰い込んで溝状のハンガー痕の箇所で張力に抵抗し電源側に高い盛り上りを作った状況が窺われ、詰側の傷は右の様に判然した痕跡を示さないものの、ある箇所には詰側に盛り上りを生じていて電源側からの張力を支えた部分があるので、結局信号線の両側が受けている張力はその中間から来ているものと認められ、その痕跡の明瞭度が異るのは熱作用の多寡及び抵抗の強弱によるものというべく、爆風による張力とすれば、爆風が詰又は電源側の信号線の一方の端末から来たものならば信号線の傷は両側とも同様な形態でなければならず、又若し爆発が信号線の中間部で起り爆風が詰及び電源の両側に吹けば、張力は右両側から中央部に働く筈で、中央部から両側に及ぼすことはないところ、証拠物の傷が示す張力は、前認定の如く、信号線の両側から中央部に働いているのではなく中央部から両側に働いていることを示しているのであるから、いずれの場合にせよ爆風に基く張力の作用で傷ができたものとは考えられず、そうだとすれば信号線の両端をその中央部で引張る張力は、坑道内の重量物が線を圧えたこと以外にはないものといわざるを得ない。

(8)  前認定のような坑道破壊の状況からみて、信号線をその中間部で圧えたものは第三七枠から落下した鉄梁であるとみられるが、右鉄梁は果して信号線上に落下する可能性があり、落下した場合信号線に張力が働き前認の如き傷を生ぜしめ得るか。この点につき検討するに、詰の第四枠、坑道長で一九二米の箇所に信号線の末端木村式押釦があったとして、同所から余巻のかけてあった坑道長一五七米の箇所までは、坑道長で三五米、横断箇所が一・三米の高さから一・九米の鉄梁下まで上るのに〇・六米、鉄梁を渡るのに一・八米、下りるのに〇・六米だから合計三米とすれば、これを加えた三八米が余巻のあった箇所から詰末端までの信号線の吊架された長さである。吊架状況は前記のとおりで特に固定したとか直線になるよう保持した事実は認められないから自然のゆるみがあった筈で、一割の余裕を加算すると四一・八米が余巻箇所から詰までの間に吊架された事故前の長さであり、従って余巻の終りは全長の一一〇・一一米からこれを差引いた六八・三一米となり、これは前記伸長率で計算すれば事故後は八一・九七二米の長さとなる。電源から余巻箇所までの距離一七米に吊架された信号線は伸長率を考慮して計算すれば二〇・四米であり、前記八一・九七二米との差六一・五七二米が余巻部分の長さということになるが、これは前掲鉱務監督官清水繁春作成の実況見分調書にある余巻の概算約六〇米と極めて近似している。

(9)  坑道一六〇米付近の地点で第三七枠から落下した鉄梁が信号線を圧えた場合、その箇所は、右実況見分調書添付図面によれば、一五七米の余巻箇所から第四〇・第三九・第三八枠のハンガーを経て凡そ三・六七米(〇・四七+〇・九五+〇・九五+一・三)となるから事故後の信号線においては八五・六四二米の箇所にあたり、前掲検証の結果(添付写真も参照)に参着すれば、右箇所までの範囲における信号線の傷は全て右箇所からの張力に抗して生じた結果と認めるに足り、右箇所から詰側にかけて存在する傷も又右箇所に向って引張られた時生じたものとみて矛盾する所は一つもないのみか、八五・六八米から八五・八一五米にかけての傷は添付写真七五の示すように、堅い物質が表面を削って走った時に生ぜしめた傷を思わせ、その前後にある擦過痕(写真七三・七四)も右の状況に符合するものといえる。尚右添付写真一〇二・一〇五及び物証第五号によれば、該信号線の被覆切断端から約四糎の箇所から長さ約五糎に亘って存するすべり痕の状況も、ハンガーに吊架された信号線が前記箇所からの張力により電源方向にハンガー上を移動してこすられた結果であることは明瞭で、これ又前記認定の事実を裏づけるに十分である。

(10)  尤も以上の傷痕の発生は単に前記張力の作用のみで可能なわけではなく、又張力の作用が強烈で信号線が瞬時に切断した場合にも可能ではない。信号線の周辺に火熱があること及び信号線が張力の影響を受けつつも切断することなくその伸張性により揺れ動いてハンガー上を移動していることが必要と考えられる。ところで爆風により信号線が切断したとか或いは吹き飛んでハンガーを外れた場合にはこれらの傷痕は生じ得ないと思われるからこれは別として、爆風が第三七枠の鉄梁を落下させたが信号線はハンガー上を直線に詰に吹かれただけで落下せず、次いで右落下鉄梁がこれを圧えてその中央部に張力を生ぜしめた場合も同様の結果を来たすものと思われるが、前掲清水繁春の実況見分調書(証第四五号)によれば、一六一米付近における落下鉄梁や枠脚等の下になっている風管の部分は焼けてなく、この風管を取除いた下は付近坑道のようには汚染されておらず粉炭類でこの下にあったものはキラキラ光っている状態であったことが認められ、この状況は該風管や鉄梁枠脚等が爆風の来る前に下盤上にあったことを示すものといわねばならないから、信号線に圧力を加えた鉄梁は爆風によってではなくガス爆発の起る以前に信号線上に落下しこれを圧えたものと認めざるを得ない。

(11)  それでは爆発前に圧えられた信号線の周辺に如何にして火熱があり得たか。爆風と同時又はやや遅れてやってくる爆発時の爆焔だとすれば、その時まで信号線は鉄梁に圧えられて張力を保っていなければならないが、前掲清水繁春の実況見分調書(証四二号)によれば、同人の四月一〇日における見分の結果として「信号線が一六一米の落硬倒枠箇所に落下していた部分」とだけあって鉄梁等に圧えられた状態の記載はなく、同月一三日に撮影された添付写真No.13、No.14によるも、鉄梁の下部付近に信号線は見えないので、或いはそれ迄引張られていた信号線が爆風により更に伸び圧えていた鉄梁の下から場所を移動したうえ成木落硬がこれを蔽って見えないため、鉄梁に圧えられている旨の記載もなく写真に映っていないのかも知れないものの、見分時鉄梁に圧えられていなかったことは疑いないものと思われる。だとすれば爆風爆焔の襲った時既に張力は解けていたのであり、これが解ける以前に如何なる熱作用が影響して前記の如き擦過痕、ハンガー痕等を生ぜしめたかにつき考えるに、ガス爆発が起る時のガス含有率は後記のように限定されており、ガスの停滞状況も場所によって含有率を異にしているので、爆発適状のガス含有率箇所に引火する以前に、これと異る含有率のガス状況で起り得るガス着火、ガス燃焼等の現象が発生するのが通例であるから、前記認定のようなガス停滞状況を呈していた本件においても、坑道詰寄り三〇米の範囲内においては爆発以前に右の現象が起きていたことは認めるに難くなく、このガス燃焼が詰側から巻立側に次々と引火して加熱により膨脹移動し、継続し拡大することによって前認傷痕を生じた信号線の配線箇所周辺にも熱作用が及んで来たものと考えることができる。

(12)  然らば最初のガス着火は坑道の何処の箇所で如何なる経緯により起ったかが次の問題である。そこでD九号ゲート坑道における焼けの状況をみるに、清水繁春、吉住顕一郎の各実況見分調書によれば、同ゲート巻立口付近において木脚に白い斑点やヤニの露出がみられ一部熱作用の影響があったことを窺わせるが、巻立口から一目抜付近までの間はその施枠倒壊の烈しさとは異なり、枠脚等木質部の焼けは右の一部を除いては全体的に殆んどみられず、ただ坑道全面が爆煤により黒く汚染し、炭塵の附着又は吹き溜りが顕著で、巻立側に面する炭塵が一部コークス化しているに過ぎず、一目抜から以奥詰に向うに従い枠脚の巻立側の面に炭塵コークス化が著しくなり、一二〇米付近前後では枠脚が全面的に熱作用を受け、一六〇米付近前後の右側枠脚表面にヤニの露出が認められ、一八五米以降詰までの間はこれよりも更に熱の影響が強まり木脚の焼けは最もひどくヤニの露出も顕著となり、坑道内に吊架された信号線についてみるも、一部を除き全長に亘り焼けが存し、物証五号の一八五米付近に落下していた詰側端末部分に至っては、ケーブル被覆のみならず心線絶縁類の内部まで烈しく焼けて心線の素線が露出し、裸心線の一線が約四糎出ていてメッキは焼け溶け点々とはげ茶色になっているが、巻立側になるに従い焼けはやや少い状況にあり、右物証五号の詰側端末から切れて一九〇米付近下盤に落下していた物証四号の信号線電源側の部分も表面がひどく焼けている。

以上枠脚の焼け及び吊架信号線の焼けの状況からみて、一八五米以奥詰までの間においては、ガス燃焼が、爆発後爆風に伴って来る爆焔のように急速な一過性のものでなく、他の箇所よりも時間的に長く燃焼を継続し停滞していたことが窺われ、従って大爆発以前、最初に生じたガスの燃焼は、右のような燃焼の状況からするも、前記の如きガスの停滞状況からするも、一八五米以奥詰までの範囲に発生したと断ずることができる。

(13)  ところで右の範囲内で火源となり得べきものは、木村式押ボタン及び物証四号信号線の端末部分が右押釦から引抜けた部分、及び右物証四号と物証五号の切断箇所がそれと考えられるところ、前掲清水繁春の証言によれば、右「押釦」及び「引抜け部分」は火源となり得べき箇所ではあるが、その状況上該箇所が火源となって着火したとは認められないことが明らかであるから、右「切断部分」について考察するに、清水繁春及び吉住顕一郎の各見分結果によれば、切断部分には物証四号と同五号の両者にかけて外傷らしきものがあり、右外傷付近は両物証とも熱作用の影響が大で烈しく燃焼し絶縁ゴムが外側のビニールシースに焼きついている状況で、右外傷の長さは証四号が約一糎、証五号が約〇・五糎あり外被は勿論内部心線の絶縁被覆にまで及んでいたことが夫々認められ、かかる傷が存在することは同所付近が弱い部分であって切断しやすい箇所であったことを窺わせるが、鑑定人真武友一の鑑定によると、傷の有無に拘らず鉄梁一本の落下衝撃程度では信号線全体の切断は不可能であると認められるので、同所の切断は鉄梁落下による衝撃乃至張力のみでは生じなかったというべきであるが、右落下の衝撃及び張力の持続により前記傷の部分において心線の一部に切断が生じ、信号線全体としては未だ切れていないため通電はある場合、心線が相互に接触すれば短絡し火花を生ずることは明らかで、かかる電気スパークが右傷の付近のガスに着火し得ることも鑑定人江村富男の鑑定書で認め得るところであるから、右箇所における前認のような焼けの状況と併せ考えれば、火花により着火したガスの燃焼が同所付近で停滞したことは明らかであり、信号線全体の切断は、外傷の存在、落下衝撃、及び張力の作用、心線の切断、ガスの燃焼、火災の停滞による熱作用が順次発生することにより、右各影響が全部加わることによって生じたものである。

(14)  以上によれば、D九号ゲート坑道内一六〇米付近における第三七枠の鉄梁が、何らかの理由で両枠脚を外れて落下し、左側は風管、エアパイプ等を下盤に圧え、右側は信号線を圧えた。信号線の余巻は六〇米余もあり、三米で一廻りとしても二〇廻りも一纒めにしてその中央部を締めてあり、かつ余巻の中には押釦のための分岐も混っていて、圧えられて張力が働いても信号線が着地する程は繰り出さなかったと思われる。余巻がありながら余巻より先の電源側吊架部分に多数のハンガー痕が生じている事実は、余巻の部分は張力を弛める何の働きもしていなかったことを示す。余巻の終りの部分に及んだ張力は余巻を継由せずに直ちに余巻の始まり部分に至っており、そうでなければ電源側の端末付近に擦過痕、ハンガー痕が生ずる筈はない。従って余巻の終りと始まりの部分は余巻に影響されずに張力を伝える程緊縛されていたことが推測される。とすれば余巻は殆んど繰り出されておらず、信号線は自然に吊架された状態の上に鉄梁一本の荷重がかかり、信号線自体は切断せず、各ハンガーの箇所で擦過しつつその伸長性により支えているものの、内部の心線絶縁被覆にまで破断のあった箇所で、心線が数本切断し、通電している二心線が触れてスパークし火花を発するや、破断箇所付近のガスに着火してガス燃焼を始め、ガス含有率の多い詰付近であるから弱爆燃が停滞し、信号線に熱作用を加えやがて切断する。ガスの燃焼は最初ゆっくりしているが、次第に早くなり、空気を求めつつ攪拌されて、巻立側の空気の多い一目抜きの方向へと燃えてゆき、九%乃至一一%の含有率の箇所で大爆発を起こし、爆風が詰及び巻立側に吹き爆焔がこれに続き、詰えの爆風は詰に当って反転し、巻立口に進んだ爆風は一目抜付近から巻立口えと施枠をなぎ倒し八号ゲートに突き当ってその詰とポケット方向え向い、八号払を囲む諸坑道へ吹き進んだものである。

二、以上爆発の原因、経緯につき説明を加えた中で、弁護人の主張を認めた部分もあり、判断のなされた部分もあるし、又認定の根拠としなかった事実に関する主張については判断する必要はないので、これらの点は除き爾余の点につき以下簡単に判断する。

(1)  爆発事故の原因を推定するための諸事実を認定する基礎資料となっている前掲各実況見分調書は、炭塵の附着状況、倒枠の存否、その方向、ロープのたるみ、紙片や焼風管の吹付け方向、ポンプホースのたくれ、汚染状況、焼けの状況等に関し、喰違い、相違、矛盾などが多々あり、どの見分結果が正しいのか判定し難いうえ、見分者の主観的判断が過剰で科学的精密さに欠けており、いずれも信頼性が非常に少いと主張するが、成程各見分者により精粗の差があり、数量の不一致、表現の不完全、不正確な点もあって、どれか一つを取って唯一の最も正しい証拠とすることはできないけれども、共通して一致している部分に関してはこれを信用して差支えないし、差異があっても他の証拠と比較対照することによって何れかの見分結果をより正確と判断し相当として採用することは可能であり、喰違いや矛盾があるからといって直ちに全面的に証拠価値がないということはできないうえ、細部は兎も角全体的にみて矛盾は少いものと認められ、唯司法警察員長岡松治作成の昭和四〇年四月二八日付実況見分調書(証三八号)添付写真及びその説明部分については、鉱務監督官の撮影したネガを借りて作成した事情が明らかであり、右成立の経緯に鑑みるとき、同調書の添付写真に関係する部分は信憑性が極めて薄いといわざるを得ない。又量の多寡、程度の深浅を表現するのに、見分者に共通する基準を定めたうえ坑内全般に亘り精密な測定を実施しその結果を比較して各調書に記載したものでないことも明らかであるから、科学的精密さに欠けることは所論のとおりであるが、だからといって各見分調書の証拠価値が全くないことにはならないし、前記当裁判所の事実認定においては不明瞭な事実は全て証明の資料に採用せず推定の根拠にもしなかったのであり、又最も確実で基本的と思われる条件から推定を開始していき、範囲を限定していくその過程で排除される結果となる事物については、或面で類似点があっても、前段階における他の条件との結びつきがないものとして既に類似点を比較すべき資格を備えていないものというべく、単に類似する状況の存在を挙示して他の推定も可能とする弁護人の主張は採用し難く、従って爆風の来た方向を九号ゲート坑道九八米の地点以奥と認定したことが動かない以上、その後の推定に必要な事物の比較検討は右限定を受けた範囲と関連を有する事物につき、これと関連させつつ為すべきことであり、類似点があるからといって既に限定範囲外に去った下部探炭坑道の事物をもって来ても始まらないというべきである。

(2)  以上の前提で弁護人の主張につきみるに、炭塵の附着状況や紙片、風管の吹付状況及び坑道の汚染状況に関する主張は全て当裁判所は重要視せず、前記認定の資料にも採用していないし、右状況の検討結果如何で爆風の起った地点に関する前記認定に変更を来すとは到底考えられないので、全て判断の必要を認めない。

(3)  熱作用による火源の位置推定につき、九号ゲート詰の熱作用のみを採りあげ、同所付近に火炎の停滞が長かったと判断することを根拠がないものとする主張は、木脚等に対する熱作用によるヤニの露出が認められるのは右詰付近のみでなく、九号ゲートにおいても巻立口から一〇米、一六〇米付近等にもあったこと、熱作用の現われである附着炭塵のコークス化現象も詰だけでなく九号ゲート坑道内各所にあったことは弁護人主張のとおりであり、当裁判所もこれを認めるのであるが、これらと詰付近の焼けの程度を見分した結果のみでも詰においてその状況が顕著とみたからその旨記載されていると思われ、その他単に木材のみでなく、付近の信号線の焼けの状況、ガス停滞の状況等他の事物との関連から考えても、他所における焼けの状況に比し詰付近の状況が火炎の停滞が長かったことを推認させるに十分であり、熱影響の差異につき科学的な鑑定による検討がないからといって熱作用の大小を結論できないものではないし、前記認定を覆えすに足りないから、この点の主張も採用しない。

(4)  次に右熱影響の大であったという第一枠乃至第九枠間でガス燃焼が起り得たかにつき、第一枠即ち巻立口から一九五米の地点において、ガス停滞試験の結果によれば、六時間一〇分通気停廃後ガスは下盤から〇・一米の所で四四・〇%、一・八%米の所で四七・〇%であり、江村鑑定人の鑑定書によれば信号線スパークによってガスに着火するのはガス濃度五・五%乃至一一%の時であるから、右四〇%以上のガス停滞箇所では酸素欠損のため燃焼の可能性がない旨主張する。しかし右ガス停滞の状況は一九五米の地点のことであり、同停滞試験の結果は一八二米の地点では濃度八%の箇所があるので、これより以奥の地点でなお一一%の箇所があり得ることが窺われ、なお詰から離れた箇所ではガス濃度の上限と下限の差が大であり、かつ坑道は上り傾斜であって詰の方にガスが濃く停滞する事情をも合せ考えれば、着火の可能性は十分あり、燃焼が次第に拡がり流動すれば停滞ガスと空気は混合し濃度は低くなり次々と燃焼するわけで、大爆発適状の九%に至るまでは燃焼が停滞しかつ時間もかかり熱影響は大きいわけである。

(5)  爆煤や炭塵コークス化の比較のみでは火源の推定が不可能なことは弁護人主張のとおりであるが、その存在は、他の条件の存在と相俟って火源の地点を限定する資料とはなる。

(6)  坑道内における倒枠の方向につき前記認定と異るとか不明であるとか主張していることは倒枠状況に関する証拠の記載を全体として如何に記載してあるかに目を伏せ、殊更一部の異る部分を強調して恰も状況が不明であるようにしようと意図するもので採用できないし、前記認定を覆えすに足りない。

(7)  火源として検討に漏れている重要なものに静電気があり、八日丙方作業終了後昇坑に際し風管を接続して詰に送風し、その送風に伴う風管内粉塵と風管(ビニール製)との摩擦から静電気が発生しこの火花が送風により薄められた詰付近のガスに着火したとも考えられるとの主張は、単なる可能性としても静電気発生の条件・ガス着火の条件等何ら明らかでなく、既に十分な蓋然性にまで立証され得た前認定の如きガス爆発の原因経過を、単に起り得たかも知れぬ位の疑念を挾むだけで覆えすことはできない。

(8)  信号線は本件爆発の火源でなかったと主張する根拠のうち、鉄梁の落下した第三七枠が変則的施枠でなかったこと及びその天盤中に松岩がなかったことに関しては、此の点についてまで証明がなされなければ本件ガス爆発事故発生に対する被告人らの責任の有無を判明させ得ないものとは考えないので、判断の必要を認めないものであり、鉄梁落下が爆発事故前ではなかったとする理由中、落下状況からみて爆風によるものというべきエアパイプの上に落ちているから鉄梁も爆風によるものであるというが、長さ五・五米直径二吋の鉄管をゲート入口から詰に至る間連結し、一・五米の高さに鉄梁から十二番軟鉄線で吊架して設置してあるエアパイプは、一本につき一又は二ヶ所を単に軟鉄線をねぢ合せたのみで吊られているので、然かく強固であったとは思われず、鉄梁の落下は当然パイプを圧え、軟鉄線が一本でも切れたりねぢ合せが解ければ、次々と隣りの支えに負担を増加させる結果連鎖的に軟鉄線が外れたり切れたりして、エアパイプは長く連結したまま広範囲に亘り落下することは十分可能であり、これを爆風以外には落下させ得ないとする前提が既に失当といわねばならない。

鉄梁の下にあった信号線の表面が約六〇糎焼けがないとして証人清水繁春が指示したA札、B札間には現実には明らかに焼けがあるから爆発前に圧えられたのではないと主張するが、証人が焼けのないことを以て爆発前に圧えられた理由とするのは兎も角、当裁判所の認定するところは爆風時の爆焔のみが信号線の焼けの原因とは考えないし、爆発前にガスが燃焼し停滞して信号線に熱作用を及ぼしたこと前記認定のとおりであるから、信号線に焼けがあるからといって爆発前に圧えられたものではないということはできないうえ、前記証人や弁護人らが信号線の圧えられた部分として問題にしている前記A札・B札間は、当裁判所が鉄梁により圧えられた箇所として認定した部分とは異なっていること前記爆発の原因推定の際認定したとおりである。

又鉄梁下の風管が約四米の長さのまま焼け残ることはあり得ないというが、四米の長さ焼け残っているのではなく、一・五米の長さで縮められて焼け残っており、これを普通の状態に延ばせば四米長のものであるということであって何ら矛盾はないし、又吊架状態を圧えて両端の接続部分を外し下盤に落下させるのであるから幾分収縮し、一・五米の長さにたたまれることも全くあり得ないこととは考えられない。

鉄梁で圧えられた風管下の下盤が汚染度が少ない状況は同所のみの特有の現象とはいえないから、鉄梁の落下は事故前とはいえぬと主張するが、同所のみの特有現象というのではなく、他所にもあるかも知れぬが同所の状況も右の通りであって、この状況は明らかに爆発による爆風で下盤が汚染される以前に風管が落ちたものであり従ってその上を圧えている鉄梁も爆風以前に落下したことを示しているというのである。

(9)  爆発事故前に信号線の切断はなかった旨の主張については、前記認定のとおり信号線自体は爆発に至るまで切断していなかったとも考えられ、ただ心線中の素線が何本かは切断しスパークして付近のガスに着火したと認定するのであり、外被が切断しなくても、絶縁被覆にまで及んでいた外傷の部分で短絡及びその火花のガス着火はあり得るし、着火後のガス燃焼の停滞、熱作用も加わって始めて信号線は切断したとみてよい。従って事故前に信号線が切断しなかったことを以て信号線が火源でなかったということにはならない。又信号線の吊架されていた高さが約一・三米であったことや信号線の伸長率が二〇%もあること、又近くに余巻があったことなどから、信号線の端末にはそれ程の衝撃や張力が及ばなかったのではなかったかとの疑問については、余巻が殆んど繰り出されておらず張力を減殺する役を果していなかったと思われること及び信号線の両側の端末付近に単なる熱作用のみによる傷痕ではなく強い張力が働いた結果生じたと思われる幾多の摩擦痕・ハンガー痕の存することは既に認定したとおりであり、信号線が衝撃を受けてもハンガーから外れ落ちることなくかかっておれは、鉄梁の圧えた箇所が高さ一・三米の間の中空に浮いていなくても、仮に坑道下盤に着地していたとしても、上り傾斜の坑道を低い巻立側に位置して信号線を引張っておれば、張力は詰側にも巻立側にも十分及び得るものである。

信号線にハンガーによるすべり痕が存在する事実を似て信号線のハンガーからの落下や切断が爆発後であるとする主張は、全てその通り認めても、前記認定に何ら支障はないどころか反ってこれを裏づけるものと思われ、ただすべり痕の生ずるための熱作用を爆発後の爆炎によるものとする点が認め難いのであり、爆発前にもかかるすべり痕を生ぜしめ得るガス燃焼の停滞があったことは既に説明したとおりである。

信号線の損傷状況につき、事故前の電気スパークによる溶痕とは認め難いことや他にもショート痕のあるケーブルやキャップランプ蕊などが存在していて何ら本件信号線のみの特異状況とはいえないとの主張は、証拠上認められるところであるが、本件信号線の切断部分の傷の状況が前記認定のとおりであることは否定できないのであるから、他の箇所に同種同様のものがあって何ら本件信号線のみに存する特異の状況でないにせよ、右の状況は他の条件と集約して併存することによって本件爆発の火源を提供した箇所であることを示す徴表たるを失わない。

(10)  信号線に心線短絡の可能性がなかった理由として、信号線ケーブルの外被にあった傷が爆発事故前からの傷であるという証拠はなく、爆発の際爆風によって信号線が金釘等に打当てられたり、又は飛散物が信号線に当ったことにより傷ができ、その直後に切断したとも考えられ、従って事故前からの傷で弱っていたところが衝撃により切断しスパークしたのではないと主張するが、信号線の切断及び外被に存する受傷が爆発時の爆風又はこれによる飛翔物によるものだとすれば、信号線の破断箇所一帯に存する強い焼けが、既に切断して異なる場所に落下した物証四号と物証五号の両切断端において、爆風後に遅れて来た爆炎により全く同様の状況に生じたということは到底あり得ないことと思われ、又焼けは爆発前に何らかの熱作用で外被一帯に生じた後、爆風又はその際の飛翔物で切断又は外傷を受けたものとしても、内部心線の焼けの状況まで殆んど同様であることからみて、右同様爆風等により切断して異なる場所に落下してから後生じ得るとは考えられないので、結局本件信号線の外傷箇所付近における焼けは、爆発前における燃焼の停滞が外傷部分及び内部心線付近に同一の熱作用を及ぼしたため、前記認定のような状況を呈したものというべく、従って右外傷は爆発前から存したと推認せざるを得ない。爆風や飛翔物による受傷切断ならば、外部被覆(シース)や絶縁被覆のみならず、心線も略同一箇所で切断するのが通常と思われるが、現実には物証四号、物証五号に見るように、白い被覆内の心線と黒い被覆内の心線は約四糎の間隔を置いて切断しており、このことは反って鉄梁落下の際の衝撃及びこれに続いた張力の持続により、外傷のある箇所附近において先づ心線がそれぞれその弱い部分で時を異にして部分的に切断し、絶縁被覆や外被も右外傷箇所で次第に裂けが大きくなってゆき、付近のガスが心線に接するに至る頃、信号線は鉄梁に圧えられた箇所からの張力でその伸長性によりハンガー上を前後して動いているため、既に切断した素線又は心線が、まだ十分には切断せず一部繋がっていて通電している他の心線に接触してスパークし、ガスに着火したものと推認することができ、心線や絶縁被覆類の焼け、心線の焼け溶け、茶色化、外被の焼け等の状況が該箇所に特有のものでないにしても、他の箇所にある同様の状況を示す部分がその他の条件と合せ考えた場合火源とは云えないに反し、同一状況を示す右信号線の切断箇所は他の条件と綜合して考えるとき火源であったと認めるに十分である。なお信号線の切断時における切断箇所の通電関係から心線の短絡はあり得ないとする主張については、二心線が同時又は極めて瞬間的に時を異にして切断されたことを前提とした所論であり、前記の如く素線が切れただけで心線としては未だつながっていたり一心線は切れても他の心線はつながっている状態における心線短絡の状況を推定できるのであるから、その可能なことは当然である。

(11)  被告人今井の電源しゃ断義務違反に関し、該箇所は作業休止箇所ではないこと、しゃ断すべき動力線の電源ではないこと、今井には休止箇所との認識がなかったこと等主張するので判断するに、本件でしゃ断すべき動力線の電源というのはD九号ゲート坑道内に巻立口から約一四〇米の地点に設置された捲上機(ホイスト)に来ている四四〇ボルト動力線の電源を指しているところ、右捲上機が右D九号ゲート詰における掘進作業に使用されたものであること、右詰における掘進作業が中止されたことは判示認定のとおりであり、右中止によって右詰が作業休止箇所に該るか否かが問題であるところ、石炭鉱山保安規則(以下炭則と略称する)にいう「作業休止箇所」の作業とは、しゃ断すべき電源との関係で右電源を使用する作業のことを意味するものと云うべく、電源使用とは何らの関係もない「ガス測定作業」「機器修理検査作業」なども作業であるから、これが実施されている以上作業は休止されておらず、従って電源をしゃ断すべきでないという議論は「作業休止箇所」の意味する作業箇所を不当に拡張するもので採用に値しない。又詰には信号線のみが来ており動力線は捲上機の地点までであるから、捲上機以奥詰までの間は作業休止箇所であるか否かを問題にすべき区間ではなく、問題箇所は一目抜から捲上機までの区間であるとの所論は、問題の箇所を勝手に移動して事を論ずるものであり、本件での問題は詰の作業箇所と本件捲上機に存する電源との関係だけである。作業とはガス測定作業も含みこれが実施されていた区間を問題の箇所であるとして作業休止箇所ではない等と論ずるのは問題をそらす以外の何ものでもない。次に右詰において近く探炭ボーリングが予定されその準備の為の器材運搬作業が予定されていたから捲上機の電源は不用となったのではないと主張するが、電源しゃ断の規定が坑内保安の目的に仕えるものであることから考えれば、一方休んでもしゃ断すべきだとの論が極端であって現実には行われ難く、そのような行政指導も行われていなかったとしても、前記認定のように詰の作業を中止して切替坑道、就中肩風道との連結により炭層状況を探って手前から奥えと払を実施すべく、一目抜坑道の掘進作業を開始した本件の場合、詰の作業は或程度の将来には予想されていたとしても未だ確定的には実施の段階にはなかったものと断ずべく、詰作業の為にある捲上機の電源は五日詰整備の終了と共に一旦しゃ断すべきものと云わざるを得ない。詰までは信号線のみであるからしゃ断の要はないというが、詰作業に対して存する電源が信号線のみに使用されていたものならば兎も角、現に使用していた捲上機用動力線の電源として存する以上、これをしゃ断すべきは当然で、右動力線電源がしゃ断されればこれから五〇ボルトに下圧して配線された信号線も通電しなくなるのは附随的な結果であり、炭則二二六条でしゃ断義務を命じ本件で問題にしているのも捲上機にある動力線の電源のみであって、これのしゃ断によって捲上機以奥詰までの作業休止箇所に対する電気関係の保安は保たれるわけである。被告人今井は作業休止箇所であるとの認識がなかったというが、詰における作業を中止させ、切替坑道の作業に移らせたのは同被告人自身であって、保安規程の意図するところを十分知悉しているべき坑内保安係員たる被告人今井が常識的には勿論、炭則上も右捲上機の動力線電源が作業休止箇所たる詰の作業に対するものでしゃ断さるべきものであることを認識しなかったとは云えない。

(12)  被告人川尻の風管切断の認容並びに排水管切断行為に関し、これらは要するに己むを得なかった一時の応急措置であり、被告人自身停廃の意思はなく、作業終了後は接続する意図であったので、停廃には当らないのみか、その旨を次方係員にも申送っており、現実に接続方を指示しなかったのは己むを得ない事情があったからで、次方えの依頼により為すべきことは果しているのであるから、停廃行為に該るとしてもその情は軽いと主張するが、指示であれ認容であれ、違反行為のないよう監督し責任を負うべき被告人が、その内心の意図のみでなく現実にも、違反状態のなかったのに等しい態様で行為したのなら兎も角(例えば発破作業の時だけ切断し、発破が終れば直ちに接続する如き)、一方数時間に亘る作業中継続して切断し、作業終了後も接続の措置をしないで作業員任せに放置したのであるから、次方係員に事情を連絡し措置方を依頼したからとて、自分の方における通気排水施設の切断行為を該施設停廃には至らない程度に維持管理したと評価することは到底できないし、又緊急事態のためかゝる行為に出ざるを得なかったような事情も認められないので、被告人川尻の前記各所為が該各施設の停廃に該り違法であることは明らかである。同被告人は風管、排水管の破損を防ぐため保安上必要な行為をしたのであり停廃行為をしたのではないとの所論は、成程破損を避けるため発破の及ぶ範囲内にある風管等を取り外すことは保安のために必要な行為といえるが、そのためには取り外すことによって生ずる更に大きな危険を適確に防止する措置を執った上で為すべきで、取り外せば保安上危険な結果を生ずる自明の理を承知しながら、これの防止措置を講じないまゝ単に風管等自体の破損を避けることだけに止まった取外し行為が、保安上必要な行為をしたことになるなどとは論外の詭弁であって採用に値しない。破損させないように適切に防護し又は発破の範囲外に移設し而も風管自体は詰まで連結して配置するよう考慮することが保安上必要な措置を講じたといえるのであって、全体を傷つける結果となるようにしておき乍ら、一部の受ける傷を避けたことを以て全体を保持する行為をしたとは到底云えない。

(13)  被告人佐藤のガス観測懈怠に関し、同人が捲上機所在地点までを測定したに止まり詰までこれを実施しなかったのは、当時の諸事情から己むを得なかったと主張するが、前方の林係員が右同地点までしか測定しなったからといってこれにならっていゝわけのものではなく、又火源となるべきものの存在しない箇所は測定しなくていゝわけでもない。しかも信号線は現に測定した捲上機の箇所から分れて布設されているのだからこれに気付かぬ筈もないが、これに気付かず電源は捲上機所在箇所までであると考えたとしても、ガス測定は電源箇所だけすればいいものではなく、作業箇所以奥詰まで測定すべきは当然であり、又ガス噴出のあったことやボーリング孔のことなど何人からも聞知していなかったとか、ガス測定の結果が安定していたからとか云うが、ガス測定は異常事態があったから測る安定しているから省略していいというものではなく、異常事態のあるなしに拘らずこれを知ると否とを問わず、常時計測すべきものであり、計測することによって異常か否か、安定しているか否かが判明するのである。

中途まで測定しその結果が安定していたからゲート全体につきガスの不安がないと考えるなど軽率な速断であり、又別に担当していた肩風道の調査も実施すべく次方に申送るべき時刻が切迫していたというが、時刻が切迫する以前に次方入坑前三時間以内に測定しておけばいいのであって、以上いずれも児言に等しい弁解に過ぎない。

(14)  被告人林田のガス不測定に関し、同被告人の平日(公休日以外)における職責は、会社がガス測定のダブルチェックの意味で分掌事項として義務づけたもので、鉱山保安法や石炭鉱山保安規則上の義務ではないこと。及び詰付近にガス停滞が予見され万一の危険も予測されたのでかかる場所を単独で測定すべき業務上の義務はないこと。などの理由により水溜り手前までを測定しそれ以奥詰までを測定しなかったことは何ら職務懈怠でないと主張する。しかし乍ら同被告人は昭和三八年一二月一七日選任されて以来伊王島炭鉱の坑内保安係員であり、採炭課第一係勤務として本件第三区D九号ゲートをも含む区域全般について、ガス観測の保安業務を担当する以上、ダブルチェックの意味で行なうと否とを問わず、又被告人会社の分掌事項として担当すると否とにかかわりなく、その職務内容は、炭則一二一条による坑内保安係員としてのガス観測であり、右炭則による測定義務は単に現場における採炭、掘進、仕繰担当係員のみならず、現場を担当区域とするガス観測手をも含むものであり、現場を担当する坑内保安係員としては両者何らの差別はないものといわねばならない。坑内保安係員たる資格を有し、特定の炭鉱、本件においては伊王島炭鉱の坑内保安係員としての地位にあり、しかして同炭鉱の鉱業権者たる被告人会社の内部規程によって分掌事項として第三区を含む坑内特定区域のガス測定という業務を担当した場合、同人のガス観測義務は、分掌事項として係長、区長、現場担当係員たる地位にある者らがそれぞれ分担する職務に従事しながら、坑内保安係員たる保安上の地位職責から炭則上の義務を負うのと同様、分掌事項として第一係ガス観測手としての業務を遂行する一方、保安上は坑内保安係員たる地位職責に基き炭則上の義務を負うべきは当然であって、ガス観測手という制度が同炭鉱で特に設けたダブルチェックの為の職種であり業務であっても、坑内保安係員たる地位にもある以上、同時に炭則上の義務をも負うものであり、分担業務、配置職種が分掌事項から、職務上の義務責任が炭則から出てくるものと云うべく、ただ坑内保安係員たる地位資格のない者が分掌事項上ガス観測手の業務を分担させられた場合は、炭則上の義務はなく、分掌事項上の職責を負うに止まると云えよう。叙上の如く保安業務として法規上の義務職責を負う者がその職責を果すにつき、水溜りで足を濡らすことを厭うた為業務を遂行しなかった場合、義務懈怠というべきは勿論、自己の職務遂行上伴うことあるべき危険が自己の主観上予測される場合この危険状態を払拭するようその職責ある地位の者に指示できないからといって、自己の観測義務が消滅するものではなく、予想される危険の発生を排除すべき責任者にその義務遂行を勧告要請することは勿論、自らも危険防止の体勢を整えて義務を遂行すべきものである。これらの配慮を何ら施さずして自己の業務を不完全なまま終了することは義務履行につき懈怠ありと断ぜざるを得ない。

(15)  被告人今井の業務上の注意義務並びに過失の有無に関し、同被告人は坑内保安につき部下の指導監督の責任上所謂重点的巡視及びこれに代るべき方法として現場担当係員らからの報告、日誌を閲覧検討して現場の実情を把握してこれに対する指示をしていたもので、D九号ゲート一目抜の掘進作業においても、右実態の把握に何ら欠けるところはなかったし、凡そ風管を切断したまま放置するとか、測定すべき箇所のガス測定を怠る如き行動に出ることは到底予見可能の範囲になかったものであるから、これを予見可能として法的に保安上必要な措置をとるべき注意義務ないし防止義務ありと期待し要求することはできず、即ち過失はないと主張するので、以上の点につき判断するに、採炭第二係長、坑内保安係員である被告人今井が本件D九号ゲート掘進作業の担当責任者として、該作業の保安に関しても、区長、現場担当係員、作業員ら部下の尽すべき保安上の義務につき、指導監督を行なう職責を有していたこと。右職務遂行のためには現場の実情を十分に把握する必要があり、同被告人としては坑内担当区域内の生産上保安上の重要箇所と然らざる箇所とを選別し、保安上重要な箇所を可及的に多数回、長時間に亘り念入りに巡視する所謂重点的巡視並びに右巡視に代るものとして区長、係員からの報告や日誌等を聴取閲覧し、これを検討して適切な指示を行なうことによりその責を果していたことは弁護人主張のとおりであると認められるところ、(1)風管を切断して作業していたことを知らなかったこと及び測定すべき箇所でガス測定をしていないのを知らなかったこと自体現場の実情把握に欠けるところがあったという外なく、ただ右の各事情を知らなかったことにつき義務懈怠の責任を阻却すべき正当な事由があったかどうかが問題であり、従って同被告人が実情把握の方法として行っていた坑内の巡視や報告の検討が充分であったか否かにつき考察するに、(2)四月七日巡視できなかったことは勤務時間終了後であるから当然として、八日甲方で入坑し肩風道で当時の現場担当係員たる相被告人佐藤と遭い一目抜の状況につき異常がないと聞いたのみで同所への巡視をとりやめて昇坑したことは、いかにベテランの係員からの報告とはいえ、一目抜坑道掘進を指示した責任者として、作業開始直後における事情聴取としては不充分であり、新たな作業箇所が如何なる状況であるか、風管の通過している炭壁に口付けをするのに作業は困難ではないか。風管は邪魔にならぬか。その他の施設は如何。一体風管は如何に処置して作業しているか。ガスの状況はどうかなど、掘進作業一般に関し又当該箇所の特殊状況に関して、当然配慮すべきことを自ら発問して現場の実情把握に努むべく、これに対する佐藤係員の陳述次第では自ら巡視したうえ指示すべきものであり、前記のような佐藤の報告をう呑みにして巡視をとりやめるのでは同人の報告の検討に欠けるところがあったものといわざるを得ない。(3)一目抜掘進箇所は巡視すべき義務のある重点箇所ではなかったと云うが、一目抜坑道を口付けする箇所はD九号ゲート坑道内であり、同所詰では、その後一旦平常に復したとはいうものの、最善の注意を払って処置すべきガス噴出が最近あったばかりであり、その原因と判明した旧ボーリング孔は穴埋めもしてないし、そもそも一目抜坑道掘進を始めたのは詰の炭層状況が悪くなったので、採炭払いの方法を予定とは逆にして断層の有無を探りながら肩風道と連結するためであったのであるから、何時断層に逢着するか、そして再びガス状況が悪くなるかも知れぬなど細心の注意を払うべき箇所であって矢張り重点箇所の一つたるを失わぬ。巡視又はこれに代る報告検討を尽すことにより実情把握に努むべき箇所又は場合であり、この点につき懈怠の過失があったというべきである。口付作業は通常の作業で特殊なものではないとか口付作業中は炭層状況の変化もないからなどと高をくくることが過失に繋るのである。(4)ガス測定に関しても前記の如く数日前に奥の詰ではガス噴出があり、ガス孔も措置してなく、口付箇所も断層の予想される新しい作業開始箇所であるから、その後のガス量につき特段の注意を払うべきであり、又作業の邪魔になることの明らかな風管の措置如何では通気状況も懸念されるわけであって、ガス測定の結果報告である「作業保安日誌」や「ガス検定日誌」の閲覧検討については入念になすべきところ、物証二号「保安作業日誌(四〇年四月分)」によれば、ガス測定の結果は測定の箇所毎に記載せず、「異常なし」「変化なし」等と記載されていて如何に検討しても詳細は分らず、又四月八日乙方被告人林田がガス観測手として測定した結果を記載した「ガス検定日誌」(物証第一号)は、弁護人主張のとおり、翌日被告人今井に回覧されるので本件事故後の閲覧となり事故前にこれを検討する機会はなく、従って同記載に九号ゲート詰周辺における測定結果がないことは事故前に知る由もなかったのであるが、右証第一号中、四月六日甲方被告人林田観測手の日誌によれば、九号ゲートのガス量が従前〇・二乃至〇・五程度であったものが詰において〇・八巻立において一・一その中間は全て一・〇とあり、風管が破れていて取替必要と注意書きされていて風管の管理に異常がある時はガス量が増加していることが看取され、四月七日丙方伊崎松芳観測手の日誌によれば、同ゲート詰において〇・五、巻立に向うに従い〇・七、〇・八から巻立直前ゲート入口付近で〇・九と通常よりガス量の増加している事態が窺われるのであるから、六日同様漏風その他風管に異常はないか注意を払うべきところであり、八日甲方の現場担当係員に実情の報告を求めて措置すべきであったと思われる。此の点につき被告人今井は日誌等の閲覧にも十分の注意を払っていなかった過失があるといわざるを得ない。(5)一目抜以奥における捲上機用動力線の電源につきしゃ断の義務があるのにこれを怠ったことは前述(11)で判断したとおりであり、これが鉱山保安法違反であるのみならず、又同時に作業休止箇所となったため多数の作業員による注意も届かないようになった箇所における不用の電源は極力しゃ断し、火源となり得べきものを少くすべき注意義務を怠った過失というべきは勿論、前記物証第一号「保安作業日誌」中四月七日丙方林係員による報告「その他」の欄に「ゲートの電源の件」と記載されているのを看過したことは、その意味が不明であれば尚更これを係員に確かめるべきであり、まして事故後捜査官から取調べを受けた際示されて始めて知ったということ自体如何に日誌閲覧に注意が払われていなかったかを裏づけるに足りる。(6)そして同被告人は部下から報告がなかったとか、風管切断やガス不測定の事実は予見可能の範囲にはなかったから義務懈怠乃至過失はなかったと主張するが、部下から報告がないとか又は報告が不十分であっても、自己の注意義務を完全に果して実情把握に足りない点を発見し、これを補足すべく自ら疑念を確かめるなどすれば、作業現場における部下の前記炭則違反行為は十分知り得た筈であり、拱手したままで予見不可能というのでは指導監督という自己の職責即ち本件爆発事故発生との関係でいえば、業務上の注意義務につき懈怠があり過失があったと断じて差支えないものである。

(16)  被告人庄野の業務上の注意義務並びに過失の有無に関し、同被告人も分掌業務を整理する職責上部下係員らに対する指導監督の立場にあり、その為の実情把握の方法は前記相被告人今井におけると同様であったが、四月六日以降本件一目抜箇所の現場を巡視しなかったのはその都度己むを得ない事情があったし、風管切断下で作業していることや捲上機箇所以奥のガス測定をしていないことにつき相被告人佐藤から報告を受けたかどうか疑問であり、作業保安日誌のガスに関する記載は常套文句であって風管切断の事実は隠蔽しているし、その他係員から何らの報告もなかったので、これらの検討に欠けるところはなく、信頼できる各方係員が右のような行為に出ることは予測不可能なことであり、右係員らの本来の職務であるから特別の事情のない限り彼らがそれぞれの持場で自己固有の職務を忠実に履行しているものと信じて行動すれば足りることは所謂「危険の分配、信頼の原則」からして当然である。電源しゃ断の義務についても該箇所が作業休止箇所であるとの認識はなかったし、しゃ断の義務あるものでもないからこの点の注意義務違反もない。と主張し、同被告人が相被告人今井の指導監督の下に採炭第二係の分掌する業務を整理する職責にあり、即ち係員ら部下に対し保安に関する指導監督業務を整理して伝達するという意味で係員らに対する指導監督を行う者というべきこと及び実情把握の方法が弁護人主張のとおりであったことを認め得るところ、(1)同被告人が区長として今井係長の指示を受け分掌事項を整理するということは、恰も指揮者と現場担当係員並びに作業員との中間にあって、上部からの指示を確実に下部に伝達し、下部からの報告上申等を選別し取り纒め自ら処理することと上部の指示に俟つべきこととを判別し、保安に関する情報、報告等は遅滞なく伝達して上部下部の者をして適確に措置させるべき立場にあるものというべく、四月六日以降所要又は他区域の巡視のため、本件一目抜坑道掘進現場には全く巡視を行なっていないことは、前認の如き新規の起工箇所で風管等が作業上支障となるような、かつガス噴出から数日を経たに過ぎない箇所に対する実情把握としては極めて不充分というべきであり、巡視できなかったことが万己むを得なかった事情によるものであれば、これに代る現場からの報告は単に日誌の閲覧点検のみならず、担当係員から積極的に聴取してその不足を補うべく、優秀な部下が現状をよく知っているし同人らの固有の職務であるからその忠実な履行を信じて行動すれば足りるという如きことで自己の指導監督上の注意義務が果されたことにはならない。(2)日誌等の閲覧においても四月七日丙方林係員の記載した前記「ゲートの電源の件」を看過しており、巡視に代る程度に仔細な検討を加えて実情把握に努めたとは思えないばかりか、(3)相被告人佐藤の捜査官に対する各供述調書によれば、四月八日甲方として作業後昇坑して被告人庄野に対し、一目抜作業が風管切断のまま行なわれていること、及びガス測定も九号ゲート詰まで行われていないことを報告し、その際同被告人は「そういえば林が電気のことをいっていたなあ」といって(丙方に対する申送りとして、一目抜以奥もガス測定をするようメモを書かせて林の机に入れさせた事実が認められる。弁護人は右佐藤の供述を果してかかる事実があったか否か疑わしい旨、右報告事項の性格上から、現場作業員の心理上から、当時の作業進捗程度からみた報告の真意解釈上から、又両者の問答状況等の諸種の観点から分析して否定しているが、証人古賀栄吉、同田原純雄、同園木末男の各証言によれば、伊王島炭鉱坑内では目抜ないし切替坑道の掘進にかかる際風管を切断して作業することは稀ではなかったことが認められるし、右炭則違反行為を上司に報告できない程風管管理が厳格に守られていたとは思われず、従って佐藤と庄野間の問答もとりたてて不自然ではない。風管移設のことが全く問題にされず、その増設か分岐かの上申の際右報告がなされても矛盾しないことは、一目抜坑道が口付けされ或程度掘進が進んで同坑道内に風管を入れる頃になれば、最早九号ゲート坑道内の風管には発破の際の影響がないことになるので、それまでは風管移設など面倒なことをせず、破損を防ぐため接続部分を取り外して作業を進めるようなルーズなやり方が寧ろ公然と行われていて、上司もこれを黙認していたので、報告を受けても驚かずやむを得ないこととして咎めてもいないのである。だから被告人庄野は右報告を受けて、ガス測定は詰までやるように指示しながら風管切断については何の注意も与えていないし、直ちに次方である乙方にこれを禁止する措置をとらず悠々と次々方(丙方)林係員への伝達メモを書かせている。厳格に炭則を遵守して作業する正常なあり方を前提とすれば不自然にも思える佐藤の供述も、ルーズで違法な作業方法が安易に行われ寛大に黙認されていた状況の下では何ら矛盾した疑わしいものではない。(4)右認定のとおりである以上、被告人庄野は風管切断・ガス不測定の事実を八日午後には知っていたのであるからこれを予測不可能とする主張も亦理由がない。(5)電源しゃ断義務違反については被告人庄野に鉱山保安法上の責任はこれを認めないこと前記のとおりであるが、九号ゲート詰が作業休止箇所であることは前認定のとおりであり、被告人今井の指示により切替坑道や一目抜坑道作業への有付をした被告人庄野が同坑道詰で作業が休止中であることを七日出勤以後は知悉していたものと云うべく、電気しゃ断の義務者ではなくとも、その旨上申して火源となるべきおそれのあるものを少くする業務上の注意義務は存するのであり、これをしなかったことは矢張り一つの過失たるを免れない。

(17)  本件爆発事故と被告人らの過失行為との間における因果関係の存否に関し、(一)本件爆発事故の一原因であった九号ゲート詰付近に停滞したガスは被告人佐藤、同川尻において停滞せしめたものではない。両被告人が風管を切断したため停滞したガスは、それぞれ昇坑の際風管を接続したことにより一掃され、ガス爆発の結果は生じなかったのであり、その後丙方が改めて停滞させたガスが本件爆発事故を起したのであるから、被告人佐藤、同川尻の右過失行為は本件結果の発生とは何ら関係はないこと。(二)右丙方における風管切断は同方係員林尚文の判断並びに意思決定に基く行為で、被告人佐藤及び同川尻がガス測定を懈怠した過失とは無関係になされたものであり、此の間何ら因果関係は存しないこと。(三)ガス測定を懈怠したため詰に発見し得なかった停滞ガスは前記風管の接続により排除し尽したので、注意義務を履行してガスを発見しこれを排除したのと同一の結果となり、右懈怠を原因とする危険な状態は完全に回避されていること。から考え、同被告人らの過失行為と本件爆発事故とは自然科学的にも法律的にも因果関係は存在しないものと言うべく、八日丙方が風管切断による通気の停廃、ガス測定の懈怠など炭鉱保安の基本的義務に違反する犯罪行為を犯すなどとは被告人らの予見可能の範囲を超えており、丙方がかかる行為をしたのは自らの自由意思でしたものであって、ガス測定を懈怠したことによりガスの停滞を知らず従って電源しゃ断、作業中止、禁柵等の措置をとらなかった前方たる被告人川尻や同佐藤、同林田又はその上司として指導監督の職責を負うべき被告人今井や同庄野が、丙方の犯罪行為に原因を与えたとされるべき筋合ではない。と主張するので考察するに、被告人らの過失行為と目されているものは、被告人佐藤、同川尻において、風管を切断して坑道内の通気を停廃し詰にガスを停滞させ乍ら坑道内のガス量測定を完全に実施せず懈怠し、同林田も右ガス測定につき懈怠があり、同今井及び同庄野は上司として現場把握に欠けたところから右部下らが右のような違反行為に出ていることを知らずガス停滞に至らしめ、以上により被告人らいずれもガス爆発の危険発生を回避、防止しなかったことというべきところ、七日乙方被告人川尻が風管切断を認容してから丙方林係員八日甲方被告人佐藤と継続二〇時間余に及び通気を停廃し坑道詰に停滞せしめたガスは、右被告人佐藤が昇坑の際風管を接続したことにより、次いで八日乙方被告人川尻が入坑後再び風管を切断し六時間余の作業時間中に停滞せしめたガスは同被告人が昇坑の際風管を接続することにより、それぞれ通常の含有率にまで排除されたことは、鑑定人柳本竹一の鑑定の結果から考え優に認められるところであり、被告人佐藤、同川尻の両名がその作業中の風管切断行為により停滞せしめたガス自体は結局何ら爆発の結果を発生せず、八日丙方の作業中における風管切断に基く停滞ガスが本件爆発事故を起したのであるから、右被告人両名の風管切断行為は自然科学的見地からいって本件爆発事故の発生に直接原因を与えたとは言えない。此の点からみた原因は八日丙方の風管切断行為でありその結果生じた停滞ガスである。然しガス爆発という危険な結果の発生を防止し回避するためには、通気施設の維持管理を十分にすべきは勿論、坑内におけるガス状況を正確に把握し、自分の方の安全作業のみならず次方の保安にも資するよう連絡引継を要求されているのであり、保安係員のガス測定は坑内保安の基礎とも言うべく、これを十分に履行しない懈怠行為は過失の最大なるものといっても過言ではない。そうだとすれば被告人佐藤や同川尻が風管を接続して停滞ガスを排除したことは坑内にガスを停滞させない為の注意義務中、自己の犯した違法行為の結果を復旧させたというにとどまり、坑内ガス状況を正確に把握しこれを次方にも伝達して、毎方が相互に協力して坑内の安全を確保維持し、危険な結果の発生を回避するよう周到な注意を払うべき義務を怠ったことには変りはなく、そして被告人川尻、佐藤、林らの右ガス測定懈怠行為は単に一目抜付近の状況に変化がないことを以てD九号ゲート坑道全体に対する、殊に詰に対する警戒心を鈍らせ風管切断という違法行為を軽率に繰返させるに至っており、本件事故発生の原因となったガスを停滞させた丙方の風管切断が、同方係員林尚文の判断及び意思決定に基く行為であることは、勿論林係員自身の違法行為であることは間違いないものの、単に同係員のみの責任に止まるもので前方たる川尻被告人、その前方たる佐藤被告人、ガス観測手たる林田被告人の前記ガス測定懈怠行為と何ら因果関係がないとは到底認められず、三被告人とも各方が風管を切断して作業しており、切断すれば詰にはガスが停滞してガス爆発の結果が発生する蓋然性があり、そのことはガス測定義務を完全に果せば十分認識し予見することができることであるのにこれを履行せず、従って結果発生の蓋然性を認識し予見して結果を回避すべきにかかわらず認識予見することができずに慢然と八日丙方に引継ぎ、同方作業員をして従前同様風管を切断した状況下で作業させ、同方において爆発事故を惹起するに至らしめたものと断ずべく、右結果の発生に十分因果関係を有するものと言わなければならない。

(18)  最後に鉱山保安法第五八条の両罰規定の解釈適用に関し、(一)鉱業権者の義務は鉱山保安法第四条により、鉱山労働者の義務は同法第五条により規定され、その具体的な内容は同法第三〇条によって省令即ち石炭鉱山保安規則で細かく定め、その違反に対する罰則は右同法第五六条第五号で規定されているが、その前段で第四条違反者、後段で第五条違反者と明確に根拠規定の異なることを示しており、保安法第五八条は事業主自体が法令の義務者であることを前提とし、右事業主の………従業者たる者で、事業主のためにその義務を現実に実行すべき事実行為を行なう職責にある者が右義務者である事業主の業務に関して右の事実行為を実行しないとき即ち義務違反の行為をしたときに、その行為者を処罰し、又法人にも罰金刑を科する趣旨であるから、保安法第四条による事業主の義務とは別に、同法第五条によって鉱山労働者自身の固有義務として定められたものについては、その義務違反につき事業主に刑事責任を負わせることはできないものであり、本件についてみるに、被告人川尻の坑内排水施設の停廃、通気施設の停廃もしくはガス測定義務違反、又同佐藤の通気施設停廃もしくはガス測定義務違反等何れも鉱山労働者の固有の義務として保安法第五条に基き同法第三〇条による省令を以て規定したところに違反したものであるから、同法第五八条によって事業主たる被告人会社に刑事責任を負わせるに由なしと言うべく、(二)仮に然らずしてその適用があるとしても、所謂両罰規定は往時と異なり事業主に過失責任の存在を推定するものと解すべきこととなっているから、事業主は反証を挙げて過失の存在を打ち消すことが可能であり、従業員たる違反行為者らの選任監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽したことの反証を以て刑事責任を免れ得るものと言うべく、本件の場合各相被告人らはそれぞれ適材として選任されたもので、その各分掌事務乃至業務の範囲も明確であり、かつこれらに対する指導監督系統は確立されていること明かである上、被告人会社は排気立坑を開さくし、本社に保安部を新設するなど保安施設の改善充実を行ない、保安規程等の整備、保安要員の確保充実(殊にガス観測のダブルチェック方式採用)等保安体制を十分に整備していたことは勿論、保安五ヶ年計画を樹立して落盤事故、運搬事故等の災害防止、ガス対策、炭塵対策及び保安教育等を重点とする総合的災害防止を意図し、就中ガス対策面においては先進ボーリングの励行、通気量の確保、測定の励行、不要箇所の禁柵、密閉等の実施に努め、保安教育面では保安知識の啓蒙、保安係員の知識の向上と指導力強化を図り、多数人の集合方式と個々的な現場方式を併用し、対象者を区分し、定期的に又は必要に応じ重点事項を選んで保安教育を行ない、区長、係長らの坑内巡視に際しても口頭指示等により常に現場係員らを指導監督し、以上のような保安体制強化の外、保安課長らの随時検査、保安委員会による月一回の坑内保安検査、更に本社係員による保安検査等絶えず所内の保安状況につき検査を励行し、改善の措置を講じて保安を推進強化していたものであり、その結果は災害率極めて少く保安成績極めて優良として各種の表彰を受けた実績がこれを示していて、以上被告人会社は相被告人らにつきその違反行為を防止するために必要な注意義務を積極的に尽したものであって、違反防止上の注意義務違反は何ら存しないから、相被告人らの違法行為につき両罰規定による刑事責任を負うべき理由はないと主張するので此の点につき考察するに、鉱山保安法第五八条の所謂両罰規定により行為者が罰せられる外法人が処罰されるのは、該法人の従業者である者が、法人の業務に関し、同法第五五条乃至第五七条所定の違反行為を犯した場合は全て含まれるのであって、事業主自体が法令の義務者であることを前提とするとか、従業者が事業主の義務を現実に行なうべき職責にあることを要するとか、事業主の義務行為を行なうに際しその義務に違反する行為をしたときに限るなどの制約は何ら存しないものである。通気を停廃しない義務、ガスを測定すべき義務は鉱山保安法上鉱山労働者の義務とされていて、鉱業権者(即ち事業主たる被告人会社法人)の義務とは規定されていないから、鉱山労働者である相被告人らが右会社の業務である採炭、掘進作業に関して右義務に違反する行為をしても、それは右相被告人ら鉱山労働者の固有義務に違反するものであって、事業主たる会社の義務に関するものではなく、事業主たる会社の義務を現実に実行すべき職責にある者が、会社の義務行為を行なう場合でもないから、同法第五八条の適用はないなどという解釈は、右法条の定める要件に独自の見解に基く要件を付加して論じているものであり、本件の如く従業者に会社の業務遂行に関して義務違反行為があれば、会社はその業務主体たる地位、注意監督義務を懈怠した過失を理由として、同法第五八条の両罰規定により罰せられるべきこととなるのであり、従業者の犯した違反行為は会社の業務に関してなされたものであればよく、それが会社の義務とされた行為に関してなされる必要はないものである。次に被告人会社は違反行為者たる相被告人らの選任監督その他違反行為防止のために必要な注意を尽したので過失はないと主張し、種々会社の実施して来た又現に実施している保安体制の整備、計画の実行、教育の徹底に関し述べているが、問題はかかる一般的抽象的な注意のみでなく、本件鉱山保安法に違反するとされている従業者の行為、即ち(1)作業休止箇所における電源しゃ断義務違反行為、(2)風管、排水管の停廃行為、(3)ガス測定義務違反行為につき、被告人会社は如何なる注意監督を尽したのかが明らかにされるべきところ、弁護人の請求の全証拠を検討してみてもガス測定の重要性を一般的抽象的に説いている程度で、本件一目抜箇所における場合の如く、風管停廃禁止の絶対性と作業上の撤去の必要性が衝突する際における風管の処理方法自体についてさえ、明確な基準に基く作業方法を教育されているとは認められず、これを有効適切かつ合法能率的に実施する為の作業の手順や異る係や課相互間の連繋事務に関しても充全な方式が考慮されているとは思えないし、その時その場における必要に応じた便宜な措置が安易に行われて慣行化している気配さえ窺われ、ガス測定義務についての徹底した自覚、風管、排水管停廃行為の犯罪性の認識に関し、作業現場において充分な注意監督が行き届き、周到な保安教育が実践されているとは到底認め難いので、本件違反行為防止のため被告人会社が相当な注意を尽したとはいえないから、前記両罰規定による法人の責任はこれを免れることができないものといわなければならない。

以上の次第で、主文のとおり判決する。

(別紙(一)、略(二))

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